民法判例百選T 10 20 30 40 50 60 70 80 90
大判昭和10年10月5日 百選1 宇奈月温泉事件
最判昭和51年5月25日 百選2 (農地法3条の移転許可申請協力請求権の)消滅時効の援用が許されない場合
(1)この事実関係のもとにおいて、所有権移転許可申請協力請求権につき消滅時効を援用することは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。
(2)所有権に基づく登記請求権はその性質上消滅時効にかかることがない。
大判明治38年5月11日 百選4 禁治産宣告を受けていなかった意思能力なき者の手形行為
(1)法律行為の要素として当事者に意思能力が必要。手形行為にも必要。
(2)制限能力者の法律行為が取消しうるのは、制限能力者の利益を保護するため、意思欠缺の事実を証明することなく、当然にこれを取消すことができるようにしたものであって、これら制限能力者以外の行為は絶対にその効力を有するとの趣旨ではない。ゆえに、例えば禁治産宣告前の行為たりとも事実上意思能力を有しないときは、その行為は無効であり、またこれと等しく、たとえ禁治産中になした行為であっても、全く意思能力を有しない事実あるにおいては、何等取消しの意思を表示することなく当然無効であるというべきである(二重効を肯定)。
百選解説:1.意思能力なき者の行為は無効であることを明言。(条文はない)。2.右判例法理はゆるぎない。ただ、取消しの意思表示なく当然に無効とする部分については、やや疑問とされる理論状況にある。3.意思能力をない行為を絶対無効とする考えの裏には、法律行為の根本には当事者意思の尊重の原理があり、行為の意味を理解することのできない状態でされた言動に意思の表示としての価値を認めることはおよそ適当でない(富井)という考え方がある。しかし、かかる伝統的理解はゆさぶられている。(1)まず、表意者側からのみの無効主張を認めるべきとの批判がある。(2)また、制限能力制度で代替すべきとの批判もある(舟橋)。<→解説では両制度の併存を認めるべきとされる>(3)さらに、二重効を本判決は傍論で肯定するが、2つの制度間でのアンバランスを調整するべきとの批判や、無効の行為について取消しはありえないとの批判などもある。4.なお、付言するに、意思能力の判断は、取引の類型に応じてかわってよいことに注意する必要がある(高度な知識を要する金融商品については、意思能力が否定されやすい<特に高齢者>)。
最判昭和44年2月13日(判5 講7) 制限能力者の詐術
事案:準禁治産者で詐術にあたらないとされた事例
判決:「詐術を用いたるとき」とは、制限能力者が能力者であることを誤信させるために、相手方に対し積極的術策を用いた場合に限るものではなく、制限能力者が普通に人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を惹起し、または誤信を強めた場合を包含すると解すべきである。したがって、制限能力者であることを黙秘していた場合でも、それが制限能力者の他の言動などとあいまって相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときはなお詐術にあたるというべきであるが、単に黙秘していたことの一事をもって右にいう詐術にあたるとするのは相当でない。
判例講義解説:(1)単に黙秘しているとの一事をもって、詐術にあたるとすることはできない。(なぜなら、制限能力者が法定代理人の同意を得ずに法律行為をなす場合に、相手方に自己が制限能力者であることを黙秘するのはむしろ当然のことであり、もし単なる黙秘が詐術にあたるとすれば、制限能力者を保護するために取消権を与えた法の精神を滅却するに至るからである(原審の理由付け))。
(2)未成年者か、成年被後見人か、被補助人かどうかは、「他の言動など」の判断要素の1つとして考えることができる。
百選解説:1.沿革的には、積極的術策に限定するのが正しい。2.初期の判例もそうであった。3.しかし、その後立場を転換し、相手方保護に大きく傾斜するに至った。4.改正後も本判決の趣旨は妥当する。ただ、成年被後見人では、詐術を厳格に解するなどの類型に応じた考察が必要と考える。
最判昭和44年7月4日 判例6 労働金庫の院外貸付と当該債権を担保するための抵当権
事案:抵当権が実行され、Y1が競落、Y2がY1から賃借
(1)労働金庫の員外貸付は無効。本件の貸付けも無効。
(2)抵当権が無効であることを信義則上主張できない
∵ @経済的実質的には同一と評価できる不当利得返還請求権を負担する。
A相手方は、抵当権実行による第三取得者である。
百選解説:1.判例は43条を権利能力の制限の規定と考え、目的の範囲外の行為を無効とする。2.これに対しては学説からの批判がある。3.ただ 判例にたっても、目的を広く解したり、本件のように信義則で無効主張を封じることもできる。
講義解説:判例は、営利法人では目的達成のため間接的に必要な行為も目的の範囲に含まれるとした上で目的の範囲内かどうかを抽象的客観的に判断する(現実に必要かどうかを問題としない)が、非営利法人では具体的事情をふまえて判断するなど異なった判断方法を採用する。
最判昭和39年10月15日 百選8 権利能力なき社団の成立要件
(1)権利能力なき社団といいうるためには、@団体としての組織をそなえ、Aそこには多数決の原則が行われ、B構成員の変更にも関わらず団体そのものが存続し、Cその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない。本件(引揚者更生生活共同連盟杉並支部)は、これにあたる。
(2)権利能力なき社団の財産は構成員に総有的に帰属する。その代表者が社団の名においてした行為によって、構成員全体のために権利を取得し、義務を負う。
(3)登記の場合、権利者自体の名を登記することを要し、権利能力なき社団においては、その実質的権利者たる構成員全員の名を登記できない結果として、その代表者名義をもって不動産登記簿に登記するより他に方法がない。
(4)団体を脱退したY1、Y2に対してされた明渡し請求は認められる。
百選解説:1.本判決は4要件をあげる。@については、総会、代表者、その他の役員がおかれていれば団体としての組織を備えていると考えてよい。Aについては、団体の意思決定が、総会の多数決の決議で行われることがこれに該当する。Bについては、構成員の異動があり、異動に関する手続きがあり、さらに構成員の資格が規約によって定められていることがあれば足りるであろう。Cについては、規約で団体の主要な点が定められていることがこれに該当する。2.この4要件は、一般論としては定着。ただし、多数決原則が行われていないと強く窺われる蔡氏門中の血縁団体で権利能力なき社団にあたるとしている(最判昭和55年2月8日)ので、Aの要件については必ずしも安定していない。3.「脱退した構成員は社団の資産の持分ないし分割請求権を有しない」(最判昭和49年9月30日)などの判決がその後にでている。
最判昭和48年10月9日 百選9 権利能力なき社団の取引上の債務と構成員の個人責任
権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務はその社団の構成員全員に、一個の義務として総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的債務ないし責任を負わないと解するのが相当である。(東北栄養食品協会について構成員は直接の義務を負わない)
百選解説:1.最高裁は権利能力なき社団につき総有とした上で、有限責任を認めた。2.最高裁が総有の観念を用いたのは、権利能力なき社団と社団法人とを全く同一に扱うことはできないが、しかし権利能力なき社団の実体から、法人の所有形態とは異なる総有の観念を採用することによって社団自体に法人格を認めたのと同じ効果を引き出そうとしたからである。そして、さらにその理論の応用による意義は、それによって社団の持分権ひいては持分払戻請求権や個別の財産の分割請求権が否定できることにあった。しかし、この総有説に対しては、@社団固有の性格が没却される、A各種の社団につき各個の効果を考えればそれで足りる(星野)との批判が向けられた。3.有限責任についても、営利団体や、潜在的持分の認められる団体には認めるべきでないとの批判がある。判例のあげる社団の要件からは有限責任は充分に基礎付けられないというのである。4.ただ、本件は非営利団体であり、構成員に潜在的持分すらなく、判例に反対する有力説の立場にたっても有限責任が認められるケースであった。
最判昭和44年11月4日 百選10 権利能力なき財団と代表者の責任
百選解説:1.権利能力なき財団の成立要件=個人財産から分離独立した基本財産を有し、かつその運営のための組織を有していること
2.権利能力なき財団の代表者の責任を否定した。権利能力なき財団と社団を区別する理由はないので、権利能力なき社団の代表者の責任も、本判決によって否定されることになるものと思われる(なお、代表者が権利能力なき社団・財団に弁済能力がないことを知っていれば、民法709条の責任を負うのはもちろんである)。
最判平成11年2月23日 百選14 民法678条違反の組合契約
事案:ヨットクラブを結成する組合契約を締結。7人中、2人が脱退し、組合持分の払戻金の支払いを求める。(「オーナー会議で承認された相手方に対し譲渡することができる」との規定があり、これを最高裁は脱退禁止の規定と認定した)
判旨:民法678条のうち、やむを得ない事由がある場合には、組合の存続期間の定めの有無にかかわらず、常に組合から任意に脱退することができるとする部分は、強行法規であり、これに反する組合契約における約定は効力を有しないものと解するのが相当である。けだし、やむを得ない事由があっても任意の脱退を許さない旨の組合契約は、組合員の自由を著しく制限するものであり、公の秩序に反するものというべきだからである。
解説:1.強行法規に反する法律行為は、無効である。問題は法規のうちのどれが強行法規かということである。
2.民法678条について、「やむをえない事由がある場合に解除できる」という部分は強行法規、「期間の定めのある場合に組合に不利な時期でなければ脱退できる」という部分は任意法規、と当該判決は解しているものと思われる。
3.もっとも、法令中のある規定を強行規定・任意規定に二分することは、常に妥当なのだろうかという疑問もある。つまり、民法678条に反しなかったとしても、90条に反する場合はあるだろうし、逆に民法678条に形式的には反していても、自由な譲渡が可能であるなど、任意脱退禁止規定が公序に反しない場合もあるのではないかと考えられるのである。
大判昭和19年6月28日 百選15 内心の不一致のときは契約は不成立
事案:意思表示は合致。内心が不一致
判決:契約は不成立
解説:意思表示が合致している場合には、契約は成立するとした上で、錯誤(共通錯誤)の問題とするのが通説である。本判決は、異例である(無視してよい)。
大判大正10年6月2日 百選16 塩釜レール入事件
事案:「塩釜レール入」とは、物を塩釜駅に送付した後に代金債権が発生するとの慣習。慣習によるかは、明示せず。
判旨:意思解釈の資料たるべき事実上の慣習が存在する場合に於いては、法律行為の当事者がその慣習の存在を知りながら特に反対の意思表示をしないときはこの慣習による意思を有していたものと推定するのが相当である。従って、その慣習による意思の存在を主張する者は特に之を立証する必要はない。
内田:民法92条は、当事者が之により意思を示したということで、当事者の意思にその根拠があり、ゆえに任意規定よりも優先する旨を定めたものである。従って、法令2条とは矛盾しない。
最判昭和32年12月19日 百選17 動機の錯誤
保証契約は、保証人と債権者との間に成立する契約であって、他に連帯保証人があるかどうかは、通常は保証契約をなす単なる縁由にすぎず、当然にはその保証契約の内容となるものではない。
百選解説:1.本判決は、動機の錯誤は、原則として考慮されないが、例外的にその動機が契約の内容となっている場合にのみ、内容の錯誤として考慮されるという従来からの判例理論を維持するものである。(錯誤とは、内心的効果意思と表示の不一致を表意者が知らないことをいう)。 2.かかる判例理論には、批判がある。@動機の錯誤と内容の錯誤の区別があいまいであること、A取引の安全という観点からは、内容の錯誤も取引の安全を害すのであって、内容の錯誤と動機の錯誤を区別する理由はなく、むしろ相手方の意思態様を考慮すべきである、などというものである。
最判昭和45年3月26日 百選18 第三者による錯誤無効の主張(債権者代位での代金返還請求訴訟)
意思表示の要素の錯誤については、表意者自身において、その意思表示に瑕疵を認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないときは、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されないものであるが(最判昭和40年9月10日)、@当該第三者において表意者に対する債権を保全するため必要がある場合において、A表意者が意思表示の瑕疵を認めているときは、表意者自らは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても、第三者たる債権者は表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することが許されるものと解するのが相当である。
百選解説:本件は、表意者の意思に反して第三者が錯誤無効を主張することは許されないとする原則に対する例外を示したものとりかいすることができる。本件のような事案以外にいかなる場合が例外と想定されているかは明らかでないが、調査官の解説によれば、表意者が無効を主張しないことが誠実な債務者とはいえないという場合が挙げられ、Aはこのことを認めるために必要な要件であるとされている。
これに対して、錯誤無効の主張を表意者に限定する通説の立場からは、本件のような場合に、第三者固有の地位に基づいて錯誤無効の主張を認める必要はなく、債権者代位権の要件を満たす第三者については、取消嫌悪代位行使を認めるのと同様に、表意者の錯誤無効の主張を代位行使することを認めれば足りるとする。そして、無効主張の代位行使について、Aの要件は無用であるとし、表意者が追認した後は無効の主張は不能となる趣旨を述べたにすいないと理解されている(ただし、表意者の追認は詐害行為として取消される余地が生じる)。理論の簡明さと取消しとの関係の整序という契機を含む点で通説の構成がすぐれているといえよう。
事案:A会社はXをだまして農地を取得。A会社の債権者Yは、その農地について停止条件付き所有権移転の仮登記を得た。その後、Xが詐欺取消。Xは、農地についての知事の許可がなく、Yが未だ所有権を取得していないこと及び本登記を欠くことを理由として、96条の第三者にあたらないと主張した。
判旨:第三者は、..必ずしも、所有権その他の物権の転得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出しがたい。
百選解説:1.物権の転得者である必要がないという部分は正当。2.登記が不要という部分については疑問。3.判例は545条1項但書きの第三者には登記を必要としているが、一方、94条2項の第三者には登記は不要としている。どちらに近づけて考えるかであるが、通謀虚偽表示者よりも帰責性は大きくないと考えるので、545条但書きの場合に近づけて考えるべきでないか(保護要件としての登記)。4.このような構成をとらなかったとしても、本件において、YがA会社の監査役であったなどの事情を考えると、本判決の妥当性は再検討する余地がある。
(1)強迫ないし畏怖については、明示もしくは暗黙に告知された害悪が客観的に重大なると軽微なるとをとわず、いやしくもこれにより表意者において畏怖した事実がありかつ右畏怖の結果意思表示をしたという関係が主観的に存在すれば足りるのであって、...畏怖の程度は選択の自由を失うにいたらなくてもよい...
(2)完全に意思の自由を失った場合はむしろその意思表示は当然無効であり、民法96条適用の余地はないのである。
百選解説:(2)については、近時有力な反対説がある。
(1)遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申し入れに、当然遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。
しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申し入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申し入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。(理由:かかる場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上遺留分減殺によるほかないからである。)
(2)隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生じるものであるところ(民法97条1項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最判昭和36年4月20日)。
(3)(不在通知配達書を受け取り、その内容が遺産分割に関するものであると推測しており、郵便物の受け取り方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく本件郵便を受領することができたという事情の下では、)社会通念上、Yの了知可能な状態に置かれていたと認めるのが相当である。
(1)およそ、不動産の所有者が、真実その所有権を移転する意思がないのに、他人と共謀してその者に対する虚構の所有権移転登記を経由したときは、右所有者は、民法94条2項により、登記名義人に右不動産の所有権を移転していないことをもつて善意の第三者に対抗することをえないが、不実の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によつてされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右94条2項を類推適用し、所有者は、前記の場合と同じく、その後当該不動産について法律上利害関係を有するに至つた善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもつて対抗することをえないものと解するのが相当である。けだし、不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、右承認が登記経由の事前に与えられたか事後に与えられたかによつて、登記による所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである(最高裁昭和45年4月16日判決)。
(2)被上告人(土地の所有者)は、昭和28年6月4日に訴外藤村半治郎が被上告人の実印等を冒用して被上告人から同訴外人に対する不実の所有権移転登記を経由した事実をその直後に知りながら、経費の都合からその抹消登記手続を見送り、その後昭和29年7月30日に右半治郎との婚姻の届出をし、夫婦として同居するようになつた関係もあつて、右不実の登記を抹消することなく年月を経過し、昭和31年11月12日に被上告人が株式会社新潟相互銀行との間で右土地を担保に供して貸付契約を締結した際も、半治郎の所有名義のままで同相互銀行に対する根抵当権設定登記を経由したというのであるから、被上告人から半治郎に対する所有権移転登記は、実体関係に符合しない不実の登記であるとはいえ、所有者たる被上告人の承認のもとに存続せしめられていたものということができる。
最判昭和45年11月19日 百選23 所有権者なのに誤って仮登記担保の登記がされた場合における権利外観法理の適用 →
(1)ところで、本件においては、被上告人は、登記の記載上は抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記を有する者であるが、真実は森慶時から所有権を取得した所有者であり、その所有権の保全のために仮登記手続をすべきところを前記のような事情で、登記手続を委任された司法書士が抵当権設定登記および停止条件付代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたものであることは、前記のとおりである。したがつて、右抵当権設定登記および停止条件付代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記は被上告人の意思に基づくものというべきである。そうとすれば、(「不動産について売買の予約がされていないのにかかわらず、相通じて、その予約を仮装して所有権移転請求権保全の仮登記手続をした場合において、外観上の仮登記権利者がほしいままに右仮登記に基づき所有権移転の本登記手続をしたときは、外観上の仮登記義務者は、右本登記の無効をもつて善意無過失の第三者に対抗することができない」とする)最判昭和43年10月17日の判例の趣旨からみて、被上告人は、善意無過失の第三者に対し、右登記が実体上の権利関係と相違し、被上告人が仮登記を経た所有権者であり、抵当権者ないし停止条件付代物弁済契約上の権利者ではないと主張しえないものというべきである。
(2)その結果、右のような第三者が被上告人を抵当権者ないし停止条件付代物弁済契約上の権利者として取り扱うときは、(「停止条件付代物弁済契約を清算型担保契約と解すべき」とする)最判昭和42年11月16日の判例の趣旨に徴し、被上告人はその第三者に対して担保権者でない旨を主張することができず、ひいて第三者は、登記にかかる森慶時の債務の弁済供託をして、被上告人に対し抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記の抹消を求めることができると解すべきである。
最判昭和41年4月22日 百選24 民法109条と相手方の善意無過失の必要性
(1)民法109条の代理権授与表示者が、代理行為の相手方の悪意または過失を主張・立証した場合には、同条所定の責任を免れることができる。
(2)甲が代理権を乙に授与した旨表示し、乙が、甲の代理人として、丙と甲所有の不動産について根抵当権を設定する旨の契約を締結した場合において、乙が右不動産の権利証、甲の白紙委任状及び印鑑証明書等を所持していたとしても、右契約は乙が代表取締役である丁会社の丙に対する債務を担保する目的で締結されたものであり、丙は右不動産を評価する目的で甲方を訪れたことがあるのに、乙の権限について確めなかつた等判示のような事情があるときは、丙が乙に右契約締結の代理権があると信じたことには過失があるというべきである。
最判昭和45年7月28日 百選25 民法109条と110条の競合適用
なるほど、右各書類は被上告人から馬渡に、馬渡から山中に、そしてさらに、山中から馬渡に順次交付されてはいるが、馬渡は、上告人から右各書類を直接交付され、また、山中は、馬渡から右各書類の交付を受けることを予定されていたもので、いずれも被上告人から信頼を受けた特定他人であつて、たとい右各書類が山中からさらに馬渡に交付されても、右書類の授受は、被上告人にとつて特定他人である同人ら間で前記のような経緯のもとになされたものにすぎないのであるから、馬渡において、右各書類を国義に示して被上告人の代理人として本件交換契約を締結した以上、被上告人は、国義に対し馬渡に本件山林売渡の代理権を与えた旨を表示したものというべきであつて、上告人側において馬渡に本件交換契約につき代理権があると信じ、かく信ずべき正当の事由があるならば、民法109条、110条によつて本件交換契約につきその責に任ずべきものである。
事案:被上告人は、本件山林の所有権移転登記手続のため右各書類を山中の代理人馬渡に交付し、馬渡は、これを山中に交付したが、山中は、ふたたび馬渡を代理人とし、同人に右各書類を交付して同人をして上告人両名との間に本件山林と上告人両名共有の山林の交換に当らせ、馬渡は、上告人両名の代理人国義に対し、被上告人から何ら代理権を授与されていないにもかかわらず、右各書類を示して被上告人の代理人のごとく装い、契約の相手方を被上告人と誤信した国義との間に本件交換契約を締結するに至つた。
最判昭和46年6月3日 百選26 基本代理権たりうるもの 登記申請行為の代理権
すなわち、登記申請行為が公法上の行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代理権は民法110条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に,その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法110条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。
最判昭和34年2月5日 百選27 表見代理と本人の過失の要否
110条による本人の責任は、本人に過失あることを要件とするものではない(最判昭和28年12月3日)
最判昭和36年12月12日 民法110条の「第三者」 百選28
約束手形が代理人によりその権限を踰越して振り出された場合、民法110条によりこれを有効とするには、受取人が右代理人に振出の権限あるものと信ずべき正当の理由あるときに限るものであって、かかる事由のないときは、たとえその後の手形所持人が、右代理人にかかる権限あるものと信ずべき正当の理由を有しておったものとしても、同条を適用して、右所持人に対し振出人をして手形上の責任を負担せしめえない。
最判昭和51年6月25日 民法110条の正当理由の判断 百選29
(1)印鑑証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは否定することができず、…意思確認のため印鑑証明書を徴したのである以上、特段の事情のない限り、…正当理由があるというべきである。
(2)しかしながら、@X会社がBに対して本件根保証契約の締結を要求したのは、A会社との取引開始後日が浅いうえ、A会社が代金の決済条件に違約したため、取引の継続に不安を感ずるに至ったからであること、A当初、Bから『…自分の妻の父親が保証人になる』との申し入れがあってこれを了承したのに、申し入れがあってこれを了承したのに、Yは妻の伯父にすぎないこと、BYの代理人であるBは右契約によって利益を受けることになるA会社の代表取締役である…C本件根保証契約については、保証期間も保証限度額も定められておらず、連帯保証人の責任が比較的重いことが推認されるのであるから、…本件根保証契約の締結がYの意思に基づくものであると信ずるには足りない特段の事情があるというべきものであって、さらにY本人に直接照会するなど可能な手段によってその根保証の意思の存否を確認すべきであったのであり、かような手段を講ずることなく、たやすく前記のように信じたとしても、いまだ正当理由があるということはできない…
(3)原審は、X会社が金融業者ではないことの故をもって、右のような可能な調査手段を有していたかどうかにもかかわらず、民法110条の類推適用による正当理由を肯認できると判断しているのであるが、右の判断は同条の解釈適用を誤り…
最判昭和44年12月18日 民法761条と表見代理 百選30
(1)民法761条は、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
(2)そして、民法761条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等により異なり、またその夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によっても異なるというべきであるが、
他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたっては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
(3)しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を超えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的基礎をそこなうおそれがあって、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対してその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずることにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
最判昭和60年11月29日 理事の代表権の制限と民法110条 百選31
事案:漁業協同組合
判旨:(1)…民法54条(の)善意とは、理事の代表権に制限が加えられていることを知らないことをいうと解すべきであり、また、右の善意についての主張立証責任は第三者にあるものと解すべきである。
(2)そして、第三者が右にいう善意であるとはいえない場合であっても、第三者において、理事が当該具体的行為につき理事会の決議等を得て適法に漁業協同組合を代表する権限有るものと信じ、かつ、このように信じるにつき正当の理由があるときには、民法110条を類推適用し、漁業協同組合は右行為につき責任を負うものと解するのが相当である。
(3)本件において、…正当の理由があるとはいえないとした原審の判断は相当である。
百選解説:1.まず、54条の適用・類推適用について。
54条が、善意だけでよいとしたのは、法人の理事は包括的な代理権(53条)を有しているからである。包括的な代理権を前提とする以上取引の相手方としては個別的な事項に関していちいち代理権の有無を交差する必要はなく、定款等による制限があった場合にも、それを知らない「善意」の相手方は保護されるのである。しかし、相手方が理事の代理権の制限を知った場合には、包括代理の前提が崩れるのであるから、54条によって相手方を保護する理由はなくなる。相手方としては、代理権の存在を調査すべきである。従って、本件で54条が適用されないという判旨の見解も適当である。
2.54条が適用できなくても、過失なく代理権の要件が具備されていると信じれば、110条の類推適用の余地がある。(∵法律による制限の場合には、110条が適用されると解されていることとのバランス)
大判昭和19年12月22日 民法110条と112条の競合適用 百選32
(1)112条は、従前の代理権の範囲に属しない法律行為をした場合にはもとより適用されない。
(2)しかし、今若しその相手方において過失なくして代理権の消滅を知らざるものなるときは自称代理人に従前の代理権がいまなお存続することを信ずると共にかかる代理権ある以上当該の事項についてもまた代理権を有するものと信ずることあるべく、しかもその相手方がかく信ずるにつき正当の理由を有する場合においては112条を適用すべき本来の場合と比較して相手方の保護に関し其の取扱いを異にすべき理由はない。かえってこれらを同一に取扱い、もって取引の安全を期するを正当とするべきである。
(3)加えて110条は代理人がその権限外の行為を為したる場合において第三者がその権限ありと信ずべき正当の理由を有するときは当該の代理人と第三者との間に為したる行為につき本人をしてその責めに任ぜしめをもって或代理権を有する代理人が権限外の行為を為したる場合においてもその相手方において正当の理由を有する限りその相手方を保護するがゆえに、
(4)右両条の法意より推論するときは当該代理人の従前の代理権の消滅につき善意無過失の相手方が右代理人の現に為したる行為につき其の権限ありと信ずべき正当の理由を有する場合においてもまた等しく相手方を保護すると正当とせざるをえない。
(5)要するに、代理権の消滅後従前の代理人がなお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をなした場合においてももし右代理権の消滅に付き善意無過失の相手方において諸般の事情により自称代理人の行為につきその権限ありと信ずべき正当の理由を有する場合においては110条、112条の両規定の精神に則り之を類推適用して当該の代理人と相手方との間に為したる行為につき本人をして其の責めに任じるをもって相当とする。
(1) 親権者は、原則として、子の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき子を代理する権限を有する(民法824条)ところ、親権者が右権限を濫用して法律行為をした場合において、その行為の相手方が右濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは、民法9三条ただし書の規定を類推適用して、その行為の効果は子には及ばないと解するのが相当である(最高裁昭和42年4月20日判決)。
(2) しかし、親権者が子を代理してする法律行為は、親権者と子との利益相反行為に当たらない限り、それをするか否かは子のために親権を行使する親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮してする広範な裁量にゆだねられているものとみるべきである。そして、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は、利益相反行為に当たらないものであるから、それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、親権者による代理権の濫用に当たると解することはできないものというべきである。したがって、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為について、それが子自身に経済的利益をもたらすものでないことから直ちに第三者の利益のみを図るものとして親権者による代理権の濫用に当たると解するのは相当でない。
百選解説:1.本判決の意義 @代理権の濫用においては、一律に民法93条ただし書きの類推適用によることが最高裁の立場として明確になった。A親権者が子の財産を物上保証に供する際、代理権の濫用となるのはどのような場合かを最高裁の立場として初めて明らかにし、よって親権者の法定代理権の濫用の意義を示した。B利益相反行為に該当するかの判断につき行為の外形から判断するという立場を踏襲。C利益相反にあたらない場合にも代理権の濫用の判例理論を用いうることを示した。
2.代理権の濫用 @93条類推説、信義則説、表見代理説があり、相手方の保護の要件・転得者の保護の要件などで違いが生じる。Aまた本人に帰責性のない法定代理とある任意代理の濫用とは区別して解決すべきとする見解(四宮)もある。
3.親権者の法定代理権の濫用の意義 親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情の存しない限り、代理権の濫用にはあたらないとしている。法人の代表機関や、任意代理人の濫用行為においては、判例は、代理権の濫用を「代理人が自己又は第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたとき」(最判昭和42年4月20日など)ととらえることでほぼ定着しているので、これよりかなり厳しく考えていることとなる。この点については未成年者の保護の観点から不当であるとの批判がある。
4.利益相反行為 本判決は利益相反について外形説にたったともいえるが、実質説によっても該当しないと指摘されている(家族法判例百選5版120頁も参照)。
最判昭和62年7月7日 過失ある無権代理人の責任 百選34
(1)しかしながら、民法は、過失と重大な過失とを明らかに区別して規定しており、重大な過失を要件とするときは特にその旨を明記しているから(例えば、95条、470条、698条)、単に「過失」と規定している場合には、その明文に反してこれを「重大な過失」と解釈することは、そのように解すべき特段の合理的な理由がある場合を除き、許されないというべきである。そして、同法117条による無権代理人の責任は、無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任であり、同条2項が「前項ノ規定ハ相手方カ代理権ナキコトヲ知リタルトキ若クハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ之ヲ適用セス」と規定しているのは、同条1項が無権代理人に無過失責任という重い責任を負わせたところから、相手方において代理権のないことを知つていたとき若しくはこれを知らなかつたことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、無権代理人の免責を認めたものと解されるのであつて、その趣旨に徴すると、右の「過失」は重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。
(2)また、表見代理の成立が認められ、代理行為の法律効果が本人に及ぶことが裁判上確定された場合には、無権代理人の責任を認める余地がないことは明らかであるが、無権代理人の責任をもつて表見代理が成立しない場合における補充的な責任すなわち表見代理によつては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度であると解すべき根拠はなく、右両者は、互いに独立した制度であると解するのが相当である。したがつて、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合においても、表見代理の主張をすると否とは相手方の自由であると解すべきであるから、相手方は、表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し同法117条の責任を問うことができるものと解するのが相当である(最高裁昭和33年6月17日判決)。そして、表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反するというべきであり、したがつて、右の場合、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することはできないものと解するのが相当である。
百選解説:1.過失の意義については重過失説もある(原審の立場)。117条の過失を単純過失とすると、110条と117条の成立範囲が重なるために、117条の意義がなくなることを理由とする。しかし、過失の意義が同じとしてもなお両者の範囲が一致するわけではなく、@立証責任やA基本代理権の存在等の客観的要件の要否、などの関係で117条の成立範囲が110条の成立範囲より広範囲にいたると反論されている。
2.最高裁は重過失説を否定する。理由として@民法は過失と重過失を区別するところ、明文で重過失は要求されていない、A無権代理人の責任が無過失責任であることとの均衡の2点をあげる。
3.これに対しては、(無過失責任とすることについて疑義があり、むしろ「履行責任」という特別の責任であることを理由とすべきとの批判や)無権代理人が無権代理であることにつき悪意の場合にまで無過失を要求するのは不当との批判がされている。しかし、不法行為の問題とすれば足りるであろう。
4.かつての通説は、無権代理人の責任を補充責任と解し、表見代理が成立しないことを要件としてあげていたが、判例は、傍論としてではあるが、「表見代理の要件が存在する場合でも、相手方はその主張をしないで直ちに無権代理人の責任を問うことができる」と判示しこの見解に立たないことを明示した。理由として「表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反する」ことをあげており、確かに説得的である。(学説では、表見代理の成否の不確実さも理由としてあげられている)。
5.しかし、表見代理の成立が認定され本人が法律上の効果を負うと裁判上確定されることにより無権代理人の責任が消滅すると解されるとする一方で、表見代理と無権代理とは独立の制度であると判示しているのは、理論としてすっきりしない。訴訟告知などによって表見代理の成否の不確実さの不利益を取り除けないか検討するべきではないか。また、選択的に効果を選べるというのは、無権代理人の方が資力がある場合などに本人との契約が有効であった場合以上の利益を相手方に与えることになり不当ではないか。
最判昭和48年7月3日 本人の無権代理人相続 百選35
「民法117条による無権代理人の債務が相続の対象となることは明らかであつて、このことは本人が無権代理人を相続した場合でも異ならないから、本人は相続により無権代理人の右債務を承継するのであり、本人として無権代理行為の追認を拒絶できる地位にあつたからといつて右債務を免れることはできないと解すべきである。まして、無権代理人を相続した共同相続人のうちの一人が本人であるからといつて、本人以外の相続人が無権代理人の債務を相続しないとか債務を免れうると解すべき理由はない。」
百選解説:1.無権代理と相続には3つの問題がある。
第1に、これにより無権代理行為がただちに有効となることはないか、第2に本人は無権代理人の責任を相続するか、第3に相続すべき責任の内容いかんである。本件は、第1の問題についての否定的判断を前提に(最判昭和37年4月20日・資格併存説)、第2の問題について肯定的判断をし、第3の問題につき(保証債務の)「履行」責任を負わせたものである。
2.第1の問題については、無権代理人が本人を単独相続する事例について資格が同一人に帰するから当然有効とし、資格融合説的表現をする(大判昭和2年3月22日・最判昭和40年6月18日など)。そこで、本人が無権代理人を単独相続する場合にこの判断とどう整合的に理解するかが問題。
<無権代理人が本人を単独相続した場合については、最判37年4月20日判決のように資格併存説に立ちつつ、追認拒絶ができなくなる結果(信義則)、本人による追認があったのと同じに扱われて当然に有効となるのだと説明すべき。最高裁は、40年判決の理由付けをこのように改め、資格併存説を徹底すれば矛盾は生じない=私見>
3.第2の問題については、(まず一般的に117条の責任が財産法上の責任で一身専属権ではなく相続の対象となることを前提として)本人が無権代理人を相続する場合に無権代理人の責任を肯定すると、本人が契約を追認拒絶できるとされた趣旨を実質上否定することになりかねず妥当でないとの考えもありうる。しかし、「そもそも相手方は無権代理人に対して履行または損害賠償の請求ができたのに、たまたま無権代理人が死亡し、本人が相続したからといって相手方の右権利ないし地位が消滅するとすることは、それこそ関係当事者間の公平を害し、不合理であり、また法律上の根拠を欠く」。
4.第3の問題について。特定物の「履行」については、本人は履行を拒否できるとするのが多数説である(最判昭和49年9月4日判決参照-他人物売買の事例)。理由付けとしては2つのものがある。一方は、そもそも本人が相続する無権代理人の責任は本来無権代理人が負い得た固有の責任のみとするものである(田尾、川井、奥田)。他方は、相手方は履行責任をも選択しうるが、本人はそれに対し実質的理由をあげて信義則を援用することで履行の拒絶をなしうるとするものである(安永)。
どちらの説に立つにしろ、本判決は保証(金銭)債務に関し履行を請求できるとするが、この判決の射程は金銭債務に限定して考えるべきである。
コメント:種類物債権の履行債務は?
cf.最判昭和37年4月20日
「無権代理人が本人を相続した場合においては、自らした無権代理行為につき本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義則に反するから、右無権代理行為は相続と共に当然有効となると解するのが相当であるけれども、本人が無権代理人を相続した場合は、これと同様に論ずることはできない。後者の場合においては、相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても、何ら信義に反するところはないから、被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により当然有効となるものではないと解するのが相当である。」
cf.最判昭和40年6月18日
「ところで、無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判昭和2年3月22日判決)、この理は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であつて他の相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合においても妥当すると解すべきである。」
cf.最判昭和49年9月4日
他人物売買で本人が他人物売主の地位を相続したとの事例につき、「権利者は…その権利の移転につき諾否の自由を保有し…売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるとした。」
最判平成5年1月21日 無権代理人が本人を共同相続した場合 百選36
事案:金銭の連帯保証債務
判旨:「@無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。Aそうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。Bそして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。」
まとめ:ア.追認権は不可分(∵追認が可分として契約の一部が有効とすることは法律関係を複雑にする) イ.全員で追認するのでなければ追認は有効とならない(∵追認により契約は本来無効なのに有効となり、相続人全員の地位に重大な変更が生じるので<545条参照>) ウ.追認拒絶権は単独で行使できる(∵追認拒絶権は本来無効な契約を無効に確定するにすぎない) エ.他の相続人全員が追認をしているのに無権代理人だけが追認を拒絶することは信義則に反する オ.金銭債務の連帯保証契約でも理は同じ。(∵契約の目的物の可分性が問題となっているのではなく契約それ自体の可分性が問題となっている。また目的物が可分かどうかは必ずしも明らかであるとは限らない) カ.無権代理人が他の相続人の追認拒絶により契約が無効に確定したと相手方に主張することは信義則に反しない(∵法律関係の簡明化、他の相続人の利益も考慮に入れる必要がある)。
最判平成10年7月17日 本人による追認拒絶後の無権代理人の本人相続 百選37
「本人が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法113条1項)、本人が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人に及ばないことが確定し、追認拒絶の後は本人であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人が本人を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人が追認拒絶をした後に無権代理人が本人を相続した場合と本人が追認拒絶をする前に無権代理人が本人を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人が本人の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。」
百選解説:1.追認拒絶後に本人が死亡し、無権代理人が相続した場合に、無権代理行為が有効になるものではない。2.(本人の追認拒絶後に本人が追認をできるかについては学説で争いがあったがこの点につき追認できないとの判断を示している。)3.追認拒絶による無効を無権代理人が主張することが信義則に反するかについて、無権代理人の主張自体が信義則違反とはならない、としているので、反対解釈すれば、信義則違反となりうる場合も例外的にあるということ。4.無権代理が発覚した後で、損害賠償責任の追及を免れるために、無権代理人が「@相続等による土地の取得のあてがありこれをもって履行にあてる」、または、A「必ず本人の追認を得る」などと約束をしていたような場合には追認拒絶の援用が信義則違反となるものと思われる。
なお、本事例は限定承認であったため、相続により土地全体を取得することが確実とはいえなかったことも考慮されてよい。
最判昭和37年8月30日 他人の権利の処分と追認 百選38
事案:30年6月頃、父親の土地の登記を息子が勝手に自分の登記に移し、Y銀に対して抵当権を設定した。30年7月頃、父親は自分の土地として自己を主債務者とする抵当権を設定した。30年12月頃、父親は息子の設定した抵当権が当初から有効に存在することを承認し、抵当権設定を追認した。
判旨:或る物件につき、なんら権利を有しない者が、これを自己の権利に属するものとして処分した場合において真実の権利者が後日これを追認したときは、無権代理行為の追認に関する民法116条の類推適用により、処分の時に遡つて効力を生ずるものと解するのを相当とする(大審院昭和10年9月10日判決)。
百選解説:1.他人物売買等について権利者の追認があれば、民法116条が類推される。その根拠として大判昭和10年9月10日は、「取引の円滑」と「権利者の意思」に言及している。2.第三者は、116条但書きにより保護されよう(最判平成9年6月5日参照)。本件で仮に昭和30年12月以前にXが第三者に本件不動産を譲渡等していた場合には、(遡及効のある)追認は許されないものと解すべきである。
大判昭和7年10月26日 無能力者と「現に利益を受ける限度」 百選39
債務の弁済に充てた時、生活費を支出した時は、無能力者は現に利益を受けているものということができる。
1.まず121条但書きについて、@同条但書きは、無能力者を保護するための特則である。A利益の返還が認められるためには、利益が有形に存することを要せず、無形に受けた利益がなお存する場合においても、その利益に対する補償をしなければならない。
2.121条但し書きと703条の現存利益の範囲については同じという者もいれば、121条但書きの方が広く認められるとする者(四宮、富井)もいる。
最判平成6年5月31日 故意の条件成就と130条の類推適用 百選40
アートネイチャー関西が永田に櫛歯ピン付き部分かつらを販売した行為が本件和解条項第1項に違反する行為に当たるものであることは否定できないけれども、アデランスは、単に本件和解条項違反行為の有無を調査ないし確認する範囲を超えて永田を介して積極的に被上告人関西を本件和解条項第1項に違反する行為をするよう誘引したものであって、これは、条件の成就によって利益を受ける当事者である上告人が故意に条件を成就させたものというべきであるから、民法130条の類推適用により、アートネイチャー関西らは、本件和解条項第二項の条件が成就していないものとみなすことができると解するのが相当である。
最判平成11年10月21日 後順位抵当権者による時効援用の可否 百選41
民法145条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されると解すべきである(最高裁昭和48年1二月14日第二小法廷判決)。後順位抵当権者は、目的不動産の価格から先順位抵当権によって担保される債権額を控除した価額についてのみ優先して弁済を受ける地位を有するものである。もっとも、先順位抵当権の被担保債権が消滅すると、後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し、これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得るが、この配当額の増加に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである。そうすると、後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当するものではなく、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないものと解するのが相当である。
論旨は、抵当権が設定された不動産の譲渡を受けた第三取得者が当該抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができる旨を判示した右判例を指摘し、第三取得者と後順位抵当権者とを同列に論ずべきものとするが、第三取得者は、右被担保債権が消滅すれば抵当権が消滅し、これにより所有権を全うすることができる関係にあり、右消滅時効を援用することができないとすると、抵当権が実行されることによって不動産の所有権を失うという不利益を受けることがあり得るのに対し、後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができるとした場合に受け得る利益は、右に説示したとおりのものにすぎず、また、右の消滅時効を援用することができないとしても、目的不動産の価格から抵当権の従前の順位に応じて弁済を受けるという後順位抵当権者の地位が害されることはないのであって、後順位抵当権者と第三取得者とは、その置かれた地位が異なるものであるというべきである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
百選解説(森田):1.「当事者」とは、時効の援用により直接の利益を受ける者をいうとされる。2.しかし、この基準は不明確である。3.そこで、直接自己の義務や物的負担などを免れる関係にあるのかそうでないのかによって区別するものと判例を理解する見解も生じる。4.ただ、これだけでは区別基準や区別の理由が充分に明らかにされていない。5.結局、なぜ後順位抵当権者による時効の援用が認められないのかといえば、それは時効の援用の相対効により、援用した者との関係では時効により抵当権が消滅し、他の者との関係では消滅していないという相対的な法律関係が生じることを民法が想定していない、というところにあるのではないか。6.そうすると、@時効を援用する者とその相手方との間に、時効によって消滅する義務や負担といった「直接の法律関係」を見出すことが可能であるか、Aそのような「直接の法律関係」が、実体法上、当該援用権者との相対的な関係においてのみ消滅したと扱うことができるような「可分」なものであるか、と判例を定式化できるように思われる。
※なお、森田説は、判例の基準を再評価するものとして位置付けられている(百選42解説3参照)
最判平成10年6月22日 詐害行為の受益者と時効援用の可否-可 百選42
民法145条所定の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されるところ(最高裁平成4年3月19日判決)、詐害行為の受益者は、詐害行為取消権行使の直接の相手方とされている上、これが行使されると債権者との間で詐害行為が取り消され、同行為によって得ていた利益を失う関係にあり、その反面、詐害行為取消権を行使する債権者の債権が消滅すれば右の利益喪失を免れることができる地位にあるから、右債権者の債権の消滅によって直接利益を受ける者に当たり、右債権について消滅時効を援用することができるものと解するのが相当である。
最判昭和41年4月20日 時効完成後の債務承認と時効利益の喪失 百選43
(1)案ずるに、債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が商人の場合でも、消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認は時効が完成したことを知つてされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である<判例変更>。
(2)しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務
の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。
百選解説:1.判例の理由付けは、不徹底。これでは、債権者が債務者が時効の完成を知らず、知っていたならば債務の承認をしなかったであろうことを知っていたような場合には、時効の援用は許されるということになりかねない。むしろ債務者が<静なるものを動かし、あるいは動かすことを認めた>点を根拠とすべきだった。2.(1)債務承認の効果として、時効援用権を確定的に失う。(2)減額の懇願、借用証書の書き換え、債務支払いの約定、弁済期の猶予の申し入れなどが債務の承認にあたる。(3)時効援用権喪失の範囲については、債務者が承認した限度で、時効援用権の喪失の効果が生じると考えるべきである(例えば、一部弁済では、その余の部分につき争いがあったり証明が困難であるため、弁済をしていないという場合もあるであろう。そのような場合にまで一律に時効援用権を失うというのは債務者にあまりに酷であるし、時効の制度本来の趣旨も没却しかねない=私見)。(4)保証人による債務の承認には、本判決の射程は及ばないと考えるべきである。(別途信義則に反するかを慎重に考える必要がある)。
最判昭和42年7月21日 所有権に基づく時効取得
原判決は、上告人経夫が昭和27年11月訴外茅野治郎から本件家屋の贈与を受けた事実を確定したうえ、所有権について取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するという見解のもとに、上告人経夫が時効によつて本件家屋の所有権を取得した旨の上告人らの抗弁に対し、上告人経夫は自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地はない旨説示して、右抗弁を排斥している。
しかし、民法162条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和9年5月28日判決)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法162条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法162条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからある。
百選解説:みるべきものなし
最判平成6年2月22日 安全配慮義務違反によるじん肺と消滅時効の起算点 百選45
雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法167条1項により10年と解され(最高裁昭和50年2月25日判決)、右10年の消滅時効は、同法166条1項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺に罹患した事実は、その旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから、本件においては、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したものということができる。
しかし、このことから、じん肺に罹患した患者の病状が進行し、より重い行政上の決定を受けた場合においても、重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が、最初の行政上の決定を受けた時点で発生していたものとみることはできない。すなわち、前示事実関係によれば、じん肺は、肺内に粉じんが存在する限り進行するが、それは肺内の粉じんの量に対応する進行であるという特異な進行性の疾患であって、しかも、その病状が管理2又は管理3に相当する症状にとどまっているようにみえる者もあれば、最も重い管理4に相当する症状まで進行した者もあり、また、進行する場合であっても、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けてからより重い決定を受けるまでに、数年しか経過しなかった者もあれば、20年以上経過した者もあるなど、その進行の有無、程度、速度も、患者によって多様であることが明らかである。そうすると、例えば、管理2、管理3、管理4と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したにすぎないようにみえるものの、このような過程の中の特定の時点の病状をとらえるならば、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも、現在の医学では確定することができないのであって、管理2の行政上の決定を受けた時点で、管理3又は管理4に相当する病状に基づく各損害の賠償を求めることはもとより不可能である。以上のようなじん肺の病変の特質にかんがみると、管理2、管理3、管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして是認し得ない。これを要するに、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である。
百選解説:特に見るべきものなし
大判昭和12年11月19日 土地崩壊の危機と所有権に基づく妨害排除請求 百選46
およそ所有権の円満なる状態が他より侵害されたときは所有権の効力としてその侵害の排除を請求することができる。所有権の円満なる状態が他より侵害される恐れがあるときは所有権の効力として所有権の円満なる状態を保全するため現にこの危険を発生させている者に対しその危険の防止を請求できる。
しかりしかして、土地の所有者はその所有にかかる土地の現状に基づき隣地所有者の権利を侵害し若しくは侵害の危険を発生せしめたる場合にありては、当該侵害又は侵害の危険が不可抗力に起因する場合若しくは被害者自ら右侵害を認容すべき義務を負う場合の他、当該侵害又は危険が自己の行為に基づきたると否とを問わずまた自己の故意過失の有無を問わずこの侵害を除去し又は侵害の危険を防止すべき義務を負担するものと解するを相当とする。
コメント:(1)本判決は、侵害行為を招いている物の所有者を相手方とする物権的返還請求について判示している。(2)相手方の行為から生じたものであるか、故意過失があるかないかにかかわらず責任を負うとしている点で免責される範囲がとても狭い。このように、不可抗力等以外の免責を認めないのは、土地工作物の所有者の無過失責任(民法718条)と同様な危険管理責任の考えを背後に感じさせる。
(3)車を盗難した者が、第三者の土地にその車を放置した場合に、本判決によると、車の所有者は当該土地の所有者である第三者に物の返還を請求できないということになりそうである(費用は車所有者の負担となる)。なぜなら、車の所有権の侵害の状態は土地の現状から生じているものとは評価できないからである。
(4)一方、土地の所有者は、車の所有者に対して、車の所有者の負担で、車の除去を求めうると考えられる。なぜなら、かかる場合には、車が存在するという現状により当該土地所有権の円満な状態が侵害されていると評価できるからである(車の所有者に故意過失があるとをとわない)。
(5)なお、百選解説が紹介する川島説は、私見に近いので引用しておく。「他人に支配を及ぼさずに物権を実現するためには相手方に対して受忍という消極的な協力を求めるしかなく、一方、積極的行為義務は現状回復を目的とする不法行為制度と連なっており、相手方に積極的行為を請求できるのは妨害に関して責任がある場合でなければならない」(川島・責任説)。このような責任の一種として物の所有者に危険管理責任という無過失に近い責任を負わせるのが相当ということになれば、本判決と同じ結論を導くことができるのではないか(私見)。もっとも、川島は本判決に批判的だったことを付言しておく。
最判平成6年2月8日 物権的請求権の相手方 百選47
1 土地所有権に基づく物上請求権を行使して建物収去・土地明渡しを請求するには、現実に建物を所有することによつてその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきである。したがつて、未登記建物の所有者が未登記のままこれを第三者に譲渡した場合には、これにより確定的に所有権を失うことになるから、その後、その意思に基づかずに譲渡人名義に所有権取得の登記がされても、右譲渡人は、土地所有者による建物収去・土地明渡しの請求につき、建物の所有権の喪失により土地を占有していないことを主張することができるものというべきであり(最高裁昭和35年6月17日判決)、また、建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合も、土地所有者に対し、建物収去・土地明渡しの義務を負わないものというべきである(最高裁昭和47年12月7日判決)。
2 もつとも、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできないものと解するのが相当である。けだし、建物は土地を離れて存立し得ず、建物の所有は必然的に土地の占有を伴うものであるから、土地所有者としては、地上建物の所有権の帰属につき重大な利害関係を有するのであつて、土地所有者が建物譲渡人に対して所有権に基づき建物収去・土地明渡しを請求する場合の両者の関係は、土地所有者が地上建物の譲渡による所有権の喪失を否定してその帰属を争う点で、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係というべく、建物所有者は、自らの意思に基づいて自己所有の登記を経由し、これを保有する以上、右土地所有者との関係においては、建物所有権の喪失を主張できないというべきであるからである。もし、これを、登記に関わりなく建物の「実質的所有者」をもつて建物収去・土地明渡しの義務者を決すべきものとするならば、土地所有者は、その探求の困難を強いられることになり、また、相手方において、たやすく建物の所有権の移転を主張して明渡しの義務を免れることが可能になるという不合理を生ずるおそれがある。他方、建物所有者が真実その所有権を他に譲渡したのであれば、その旨の登記を行うことは通常はさほど困難なこととはいえず、不動産取引に関する社会の慣行にも合致するから、登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し、その建物の収去義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されないものといわなければならない。
最判33年6月20日 物権変動の時期 百選48
売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでないかぎり、買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解するを相当とする(大判大正2年10月25日)。
最判昭和40年9月21日 特約によらない中間登記省略請求権 百選50
(1)実体的な権利変動の過程と異なる移転登記を請求する権利は、当然には発生しないと解すべきであるから、甲乙丙と順次に所有権が移転したのに登記名義は依然として甲にあるような場合に、現に所有権を有する丙は、甲に対し直接自己に移転登記すべき旨を請求することは許されないというべきである。ただし、中間省略登記をするについて登記名義人および中間者の同意ある場合は別である。(論旨引用の当裁判所判決は、すでに中間省略登記が経由された後の問題に関するものであつて、事案を異にし本件には適切でない。)本件においては、登記名義人の同意について主張、立証がないというのであるから、上告人の中間省略登記請求を棄却した原判決の判断は正当であつて、不動産登記法に違反するとの論旨は理由がない。
(2)また、登記名義人や中間者の同意がない以上、債権者代位権によつて先ず中間者への移転登記を訴求し、その後中間者から現所有者への移転登記を履践しなければならないのは、物権変動の経過をそのまま登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前に照らし当然のことであつて、中間省略登記こそが例外的な便法である。右の法解釈をもつて経験則や慣習に違反しているとの論旨もまた理由がない。所論は、いずれも採用することができない。
百選解説:(1)本件判決は、物権変動的登記請求権のみを認めるかのようにも読める。しかし、物権的妨害排除的登記請求権も認められる必要がある。かかる物権的登記請求権は、不動産登記法の制約を受けるものの、本質的には物権を実現させるための要素として不可欠であり、かかる物権的登記請求権も含め、登記請求権は、実体関係に応じて多元的に発生するものと考えるべきである。(2)中間省略登記については、@将来利害関係を有すべき者に調査手段を与えるべく、物権変動の過程をそのまま反映させておく必要があること、A登記名義人及び中間者の利益を保護する必要があることから、判例は厳格に考えている。
大判明治41年12月15日 民法177条の物権変動の範囲 百選51
百選解説:1.本判決で最高裁は物権変動に付き無制限説にたつことを明示した。そして同日の判決で、第三者の意義につき、制限説に方向転換した。つまり、「物権の得喪及び変更」の要件に関しては限定をかけず、もっぱら「第三者」要件の側で絞りをかけるという一般的定式を確立したのである。2.無制限説にまでいく必要があったのかについては、疑問も呈されているところ。3.現在は、@判例の無限定説、A対抗要件限定説、B公信力説=当事者の帰責性のある物権変動に限定する、の3説が有力である。
大判昭和17年9月30日 法律行為の取消<詐欺取消>と登記 百選52
百選解説:1.判例は復帰的物権変動説に立つ。2.しかし、不当。第一に、取消の遡及効の概念とそぐわない。第二に、復帰的物権変動と考えるなら、取消前の第三者との関係も、対抗問題となるはずである。
3.むしろ遡及効を徹底させた上で、94条2項類推によって第三者を保護すべきではないか。
最判昭和46年11月5日 二重譲渡の事例の時効取得と登記 百選53
原審は.. 「同一不動産についていわゆる二重売買がなされ、右不動産所有権を取得するとともにその引渡しをも受けてこれを永年占有する第一の買主が所有権移転登記を経由しないうちに、第二の買主が所有
権移転登記を経由した場合における第一の買主の取得時効の起算点は、自己の占有権取得のときではなく、第二の買主の所有権取得登記のときと解するのが相当である。けだし、右第二の買主は第二の買主が所有権移転登記を経由したときから所有権取得を第一の買主に対抗することができ、第一の買主はそのときから実質的に所有権を喪失するのであるから、第一の買主も第二の買主も、ともに所有権移転登記を経由しない間は、不動産を占有する第一の買主は自己の物を占有するものであつて、取得時効の問題を生ずる余地がなく、したがつて、不動産を占有する第一の買主が時効取得による所有権を主張する場合の時効の起算点は、第二の買主が所有権移転登記をなした時と解すべきであるからである。」との見解(を採用する)。
しかし、不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない<不完全物権変動説的表現>。当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法162条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和42年7月21日第2小法廷判決参照)。 …(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、上告人は被上告人に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)
最判昭和38年2月22日 共同相続と登記 百選54
(1)相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである(大正8年11月3日大審院判決参照)。
(2)そして、この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない(大正10年10月27日大審院判決、昭和37年5月24日最高裁判決参照)。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。
最判昭和46年1月26日 遺産分割と登記 百選55
(1)遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずるものではあるが、第三者に対する関係においては、相続人が相続によりいつたん取得した権利につき分割時に新たな変更を生ずるのと実質上異ならないものであるから、不動産に対する相続人の共有持分の遺産分割による得喪変更については、民法177条の適用があり、分割により相続分と異なる権利を取得した相続人は、その旨の登記を経なければ、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、自己の権利の取得を対抗することができないものと解するのが相当である。
(2)論旨は、遺産分割の効力も相続放棄の効力と同様に解すべきであるという。 しかし、民法909条但書の規定によれば、遺産分割は第三者の権利を害することができないものとされ、その限度で分割の遡及効は制限されているのであつて、その点において、絶対的に遡及効を生ずる相続放棄とは、同一に論じえないものというべきである。遺産分割についての右規定の趣旨は、相続開始後遺産分割前に相続財産に対し第三者が利害関係を有するにいたることが少なくなく、分割により右第三者の地位を覆えすことは法律関係の安定を害するため、これを保護するよう要請されるというところにあるものと解され、他方、相続放棄については、これが相続開始後短期間にのみ可能であり、かつ、相続財産に対する処分行為があれば放棄は許されなくなるため、右のような第三者の出現を顧慮する余地は比較的乏しいものと考えられるのであつて、両者の効力に差別を設けることにも合理的理由が認められるのである。そして、さらに、遺産分割後においても、分割前の状態における共同相続の外観を信頼して、相続人の持分につき第三者が権利を取得することは、相続放棄の場合に比して、多く予想されるところであつて、このような第三者をも保護すべき要請は、分割前に利害関係を有するにいたつた第三者を保護すべき前示の要請と同様に認められるのであり、したがつて、分割後の第三者に対する関係においては、分割により新たな物権変動を生じたものと同視して、分割につき対抗要件を必要とするものと解する理由があるといわなくてはならない。
(3)なお、民法909条但書にいう第三者は、相続開始後遺産分割前に生じた第三者を指し、遺産分割後に生じた第三者については同法一77条が適用されるべきことは、右に説示したとおりであり、また、被上告人らが本件遺産分割の事実を知りながら本件各不動産に対する仮差押をしたものとは認められないとした原判決の事実認定は、挙示の証拠に照らして肯認することができるところであるから、論旨のうち被上告人らの悪意を主張して同法909条但書の不適用をいう部分は、すでに前提において失当というべきである。
最判昭和47年4月14日 登記未経由の袋地所有権取得者と囲繞地通行権 百選56
思うに、袋地の所有権を取得した者は、所有権取得登記を経由していなくても、囲繞地の所有者ないしこれにつき利用権を有する者に対して、囲繞地通行権を主張することができると解するのが相当である。なんとなれば、民法209条ないし238条は、いずれも、相隣接する不動産相互間の利用の調整を目的とする規定であつて、同法210条において袋地の所有者が囲繞地を通行することができるとされているのも、相隣関係にある所有権共存の一態様として、囲繞地の所有者に一定の範囲の通行受忍義務を課し、袋地の効用を完からしめようとしているためである。このような趣旨に照らすと、袋地の所有者が囲繞地の所有者らに対して囲繞地通行権を主張する場合は、不動産取引の安全保護をはかるための公示制度とは関係がないと解するのが相当であり、したがつて、実体上袋地の所有権を取得した者は、対抗要件を具備することなく、囲繞地所有者らに対し囲繞地通行権を主張しうるものというべきである。
コメント:判例は、物権変動について無制限説に立つので、第三者にあたらないという風に本判決を説明するのが妥当かもしれない。
最判平成8年10月29日 背信的悪意者からの転得者 百選57