刑事訴訟法判例百選 –公判

 

39 公訴の提起と犯罪の嫌疑 最昭53年10月20日

所論は、無罪判決が確定した場合には、判決時と捜査、公訴の提起・追行時で特に事情を異にする特別の場合を除き、捜査、訴追は違法であつたと判定されるべきである、というのである。

しかし、刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留公訴の提起・追行起訴後の勾留が違法となるということはない

けだし、逮捕、勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎりは適法であり、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからである。

 

40 公訴権の濫用 最判昭和55年12月17日 チッソ川本事件

 所論にかんがみ、刑訴法411条を適用すべきかどうかについて判断する。

 1 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであって、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであったからといって直ちに無効となるものでないことは明らかである。たしかに、@右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法248条)、A検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条)、さらに、B刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたってはならないものとされていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。

 2 いま本件についてみるのに、原判決の認定によれば、本件犯罪事実の違法性及び有責性の評価については被告人に有利に参酌されるべき幾多の事情が存在することが認められるが、犯行そのものの態様はかならずしも軽微なものとはいえない<打撲傷・挫傷等最大2週間の加療を要する傷害>のであって、当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない

本件公訴提起の相当性について疑いをさしはさましめるのは、むしろ、水俣病公害を惹起したとされるチツソ株式会社の側と被告人を含む患者側との相互のあいだに発生した種々の違法行為につき、警察・検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に不公平があったとされる点にあるであろう。原判決も、また、この点を重視しているものと考えられる。しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみならず、犯人の一身上の事情、犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければならないことは刑訴法248条の規定の示すとおりであって、起訴又は不起訴処分の当不当は、犯罪事実の外面だけによっては断定することができないのである。このような見地からするとき、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件についての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当であったとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。まして、本件の事態が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。

したがって、本件公訴を棄却すべきものとした原審の判断は失当であって、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 3 しかしながら、…犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、被告人を含む患者らとチツソ株式会社との間に水俣病被害の補償について全面的な協定が成立して双方の間の紛争は終了し、本件の被害者らにおいても今なお処罰を求める意思を有しているとは思われないこと、また、被告人が右公害によって父親を失い自らも健康を損なう結果を被っていることなどをかれこれ考え合わせると、原判決を破棄して第1審判決の執行猶予付きの罰金刑を復活させなければ著しく正義に反することになるとは考えられず、いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。

 

解説:1、本決定は、最高裁が、起訴猶予裁量権の逸脱がある場合に、公訴を無効とする余地を認めた点で意義が高い。もっともかなり限定している。(「職務犯罪を構成するような」としているが、本件でも、職務犯罪は問題となっておらず、程度を示すにすぎず、それ以上に深い意味を持つものではない)。

2、本決定は、本件自体軽微でない点を重視した。不平等の考慮には消極的である。他事件との比較の困難さ、多様な事情を考慮する検察官の起訴猶予裁量権の尊重、その濫用・逸脱の認定の困難、起訴されていない他者の犯罪の有無・処理の当否を当該事件で争うのは司法機能の逸脱になること、審理の複雑化・長期化等を考えればこれも頷ける。3、なお、検察官の故意・悪意を重視する判例がある(東京高判昭和59年1月11日)。

 

論証例:現行法では、起訴便宜主義(247条)が採用され、検察官には広い裁量が認められている。そして、@多様な事情を考慮する検察官の起訴猶予裁量権の尊重、Aその濫用・逸脱の認定の困難、B起訴されていない他者の犯罪の有無・処理の当否を当該事件で争うのは司法機能の逸脱になること、C審理の複雑化・長期化等の観点から、裁判所が検察官の起訴裁量の逸脱の有無を審理することは原則として認められるべきでない。

 もっとも、@右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法248条)、A検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条)、さらに、B刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたってはならないものとされていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合にあたるかについて審理することは許され、かつ、このような極限的な場合にあたると判断される場合には公訴提起自体が無効とされるべきと考える。

 

あてはめ:「本件では、職務犯罪を構成するような極限的な場合にあたると解されるような特段の事情は認められず、公訴提起は有効である」。― 極限的な場合にあたらないと決めつけてよい。

 

41 一罪の一部起訴 名高判昭和62年9月7日(業務上過失致死の事例を業務上過失致傷で起訴することの可否)

事案:車の運転で過失により被害者を交通事故死させた事例。検察官は、業務上過失致傷で起訴。控訴審は、死んでいるのだから、傷害の事実は認められないとして、無罪判決を下した。

判旨:刑法211条前段がその構成要件を「業務上必要ナル注意ヲ怠リ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ」と定めるとともに、致死であるか致傷であるかによつて法定刑に差異を設けていないことなとにかんがみると、刑法211条前段は、その保護法益を人の生命・身体の安全として統一的に把えるとともに、その法益侵害の結果である人の死亡と傷害とを構成要件上同等の要素をなすものとしていることが明らかであるところ、人の死亡と傷害との間には法益侵害の程度に重大な差異があるとはいえ、必ずしも両者は常に論理必然的に相矛盾し排斥し合う関係にあるわけではないから、人がその負つた傷害に因つて死亡するに至つた場合であつても、傷害の点が常に定型的に死亡の事実に吸収され、ために構成要件的評価の対象たり得なくなるに至るものと解すべきいわれはないものというべきである。

そして、専権的に訴追権限を有する検察官が、審判の直接的対象である訴因を構成・設定するにあたつて、被告人の業務上の過失行為と被害者の死亡との間の因果関係の立証の難易や訴訟経済等の諸般の事情を総合的に考慮して、合理的裁量に基づき、現に生じた法益侵害のいわば部分的結果である傷害の事実のみを摘出して、これを構成要件要素として訴因を構成して訴追し、その限度において審判を求めることも、なんら法の禁ずるところではないし審判を求められた裁判所としては、検察官が設定し提起した訴因に拘束され、その訴因についてのみ審判すべき権限と義務を有するにすぎないのであるから、その審理の過程において、取り調べた証拠によつて訴因の範囲を越える被害者が死亡した事実及び被告人の過失行為と被害者の死亡との間に因果関係の存することが判明するに至つたとしても、裁判所の訴因変更命令ないし勧告にもかかわらず、検察官において訴因変更の措置を講せず、なお従前からの業務上過失傷害の訴因を維持する以上、裁判所は、右訴因の範囲内において審判すべきは当然であつて、右訴因として提起された業務上過失傷害の公訴事実が証拠上肯認し得るのであるならば、違法性ないし有責性を阻却すべき事由があれば格別、しからざる限り、右公訴事実(訴因)につき被告人にその刑責を問うべきは勿論である。

 

コメント:判決のポイントは二つ。@過失致傷と過失致死は、排他的な関係にあるわけではない。(吸収関係にはあるが、それは両罪が成立することを前提として、処罰の段階で調整されるというだけの話)、A(このように排他的関係にない場合に)、検察官が実体法上の一罪につき、その一部を起訴することも当然に許される(∵起訴便宜主義、検察官の起訴裁量)。

 

実体法上の一罪とは?:単純一罪、包括一罪、科刑上一罪(牽連犯・観念的競合)の3つをいう。

 

実体法上の一罪の一部起訴の例

(1)単純一罪の一部起訴 (窃盗罪につき被害金品の一部を除く場合、強盗既遂を強盗未遂で、共同正犯を幇助で、殺人を傷害致死で)

(2)単純一罪(結合犯)の一部起訴 (強盗致傷を強盗で、強盗を窃盗又は暴行で)

(3)牽連犯の一部起訴 (住居侵入窃盗を窃盗のみで)

(4)観念的競合の一部起訴 (業務上過失致死で数人死んだ場合の被害者のうち一部を除く場合)

 

一部起訴肯定説の理由

現行法が、@検察官に起訴猶予の裁量を肯定していること(=立証の難易や訴訟経済、刑事政策的観点を考慮に入れ検察官の裁量に委ねるのが合理的)。A当事者主義に立ち訴因制度を採用していること(裁判所が訴因の範囲を超えて実体的真実を追究することは糾問主義につながる懸念有り)。

 

関連:最判昭28年12月16日 強姦罪の手段たる暴行を暴力行為等処罰に関する法律で処罰することの可否

「暴力行為等処罰に関する法律第1条の違反行為は、同条所定の構成要件を充足するによって成立する非親告罪であって、その内容が数人共同して暴行をした場合でも必ずしも刑法177条前段の強姦罪の構成要素ではなく、まして、これと不可分の一体を為すものではない

従って、検察官が、同法律第1条違反の公訴事実のみを、何等姦淫の点に触れずに、同条違反の罪として起訴した以上、裁判所は、その公訴事実の範囲を逸脱して、職権で親告罪である強姦罪の被害者が姦淫された点にまで審理を為し、その暴力行為は、起訴されていない該強姦罪の一構成要素であると認定し、しかも、当該強姦罪については告訴がないか又は告訴が取消されたとの理由をも明示して、公訴を棄却する旨の判決を為し、これを公表するがごときこと(そして、かくのごときは、却って被害者の名誉を毀損し、強姦罪を親告罪とした趣旨を没却すること勿論である。)の許されないこというまでもない。」

コメント:当時親告罪であった共同強姦について、その一部のみを告訴なく起訴することも許されるとしている。理由は、@その一部の暴行行為は、親告罪ではなく、しかも、強姦と不可分一体の関係にあるわけではないこと、A強姦の一部であることを判決で示して公訴棄却とすることはかえって被害者の名誉等を侵害し、強姦罪を親告罪とした趣旨に反するということである。

 

関連:単独強姦の手段たる暴行で起訴があった場合に違法として公訴棄却とすべきか

28年判決は共同強姦の事例。しかし、単独強姦についても射程が及ぶと考えるべきである。

すなわち、強姦の一部であることが判明しても、強姦の事実を認定し、公訴棄却とすることはできないと考えるべきである(三井反対)。

なぜなら、「強姦罪の一構成要素であることを認定し、…強姦の事実を公表するがごとき」は、かえって被害者の名誉を毀損し、強姦罪を親告罪とした趣旨を没却するからである。

なお、暴行罪の審理を継続することの方が被害者の名誉を害するとの批判もありうるが、暴行が強姦の手段としてされていることは立証しなくても暴行罪で処罰できるのであり、その点を避けて審理することも充分に可能なのである(強姦に関する尋問を制限したりできる。それでも被害者の心身に過度の負担を生じることがさけられないのであれば、そもそも証拠決定を取消せばよい。訴訟資料の公開の制限や審理の非公開等の措置も被害者のプライバシー保護のために利用できる。)批判はあたらないというべきである。

 

東京地判昭和38年12月21日判決は、私見と逆の立場に立つ。すなわち、強姦の一部を告訴なく起訴することは違法であるとして、公訴棄却判決を下している。

しかし、@強姦が既遂であることまで認定していること(未遂にするとかの配慮をみせろ)、A「強姦を証拠により認定できた」と、強姦の事実を判決文で公表していること(おそらく被害者の実名入り)、憤りを感じずにはいられない。

 

※最決昭和59年1月27日 利益供与罪を交付罪(公選法221条1項)で処罰する一部起訴の可否

(1)検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許されるのであって、(2)このような場合、裁判所としては、訴因の制約のもとにおいて、甲についての交付罪の成否を判断すれば足り、(3)訴因として掲げられていない乙との共謀による供与罪の成否につき審理したり、(4)検察官に対し、右供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務はないというべきである。」

 

コメント(1)について。交付罪は、利益供与罪に吸収される関係にあり、排斥しあう関係にはない。従って、交付罪の一部起訴で処罰することも許される。(2)(3)について。審判対象が訴因たる事実に限られる旨を明らかにしている。訴因対象説に親和的な表現である。(4)について。訴因変更命令等の義務の有無について、ないと判断している。交付罪で処罰されるのであり、無罪となるわけではないから、伊勢市暴力団発砲事件(最判昭和43年11月26日)の基準によっても、訴因変更命令等の義務がないのは当然である。

 

※親告罪の趣旨を害するような一部起訴は違法とすべきであるという議論の他に、実体的真実主義の観点からたえられない一部起訴についても、違法であるとすべき、との議論がある。

 

42 大阪高判昭和57年9月27日 起訴状における余事記載

事案:「被告人Aは…安藤組の若頭補佐、被告人B、同Cは同組の組員であるが」との記載。金を取るため、共謀して殴るけるして傷害を加えた事案。

判旨論旨は、要するに、「本件起訴状の冒頭に『被告人金孝二は暴力団松本会系安藤組の若頭補佐であるが』と記載されているが、…起訴状一本主義を定めた刑事訴訟法256条6項に違反し、本件公訴の提起も違法・無効である。…」というのである。

…そこで所論にかんがみ、右記載の当否について検討するに、刑事訴訟法256条6項の規定が起訴状の中に裁判官をして事件の審理に先立ち当該被告人にとつて不利な予断を生ぜしめる事実の引用を禁止していることは所論のとおりである。しかしながら、反面、同条3項は「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所、方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定する。そして、右の罪となるべき事実とは犯罪構成要件該当事実のみならず、共犯者があれば、その者との共謀の事実、態様をも含むと解すべきである以上の観点に立つてみると、本件は被告人を含む共犯者3名が1通の起訴状で一括して公訴を提起せられた傷害被告事件であつて被告人が単独で本件傷害事件を惹起したとされる案件ではない。このような案件の場合には、起訴状の中になされた所論のような記載は、被告人と共犯者の関係を明らかにすることによつて共謀の態様を明示し、公訴事実を特定するためのものであるとも解せられ、いまだ刑事訴訟法256条6項の規定に違反するものとはみられない従つて、本件公訴の提起が違法、無効であるとはいえない。

 

解説1、256条6項は、明記しないが、予断を生じさせる虞れのある記載をも禁止する趣旨と解される。

かかる起訴状一本主義は、(1)予断排除により「公平な裁判所」(憲法37条)を実現し、(2)検察官と裁判所の隔絶により当事者主義を結実させ、(3)公判にあらわれた証拠のみで裁判所の心証形成が行われることから公判中心主義を側面から支える。2、もっとも、起訴状一本主義は、訴因明示の要請の前にある程度の譲歩を免れない。3、学説は、両者の調和を目指すが、判例は、訴因の明示の要請を上位に考えるようである。「およそ訴因明示の要請が認められる限り起訴状一本主義からの制約はない」と考えるようである。4、この判例理論からいくと、@訴因の明示に必要であるか、A裁判官に予断を生じさせるおそれがないか、のいずれかに該当しないと256条6項違反になってしまう。5、ア.前科については、構成要件事実となっている場合にのみ許される(@)。イ.経歴・性格・犯行動機については、まず、公訴事実と密接不可分であれば、許容される(@)。また、場合によっては、予断を生じさせる程度が低いとして許容されることもあろう(A)。@とAの要件は、単純に並置されているのではなく、判例によれば、まず、@の要件から検討されるべきである。6、本判決は、@から、256条6項に反しないとしている。しかし、百選解説は、訴因の明示の要請を起訴状一本主義よりも上位に立たせる判例の立場に批判的であり、むしろ予断排除を優越的に考えるべきという。7、なお、予断を生じせしめない余事については、256条6項違反ではなく、256条2項の問題となる。この場合は、削除すれば瑕疵は治癒される。

 

小木曽:共謀の態様との関係は不明瞭であり、必ずしも訴因の特定に必要な記載であったとは認められないのだから、余事記載の禁止(256条6項)に反し、起訴は無効とすべきだった。予断排除の原則に反する場合はその治癒が不可能であるのに対し、訴因の特定の要請は、起訴後にも充足しうる以上、予断排除については厳格に考えるべき。

 

起訴状一本主義違反の効果:起訴状一本主義違反が判明した場合には、「これによって生じた違法性はその性質上もはや治癒することができない(最判昭和27年3月5日)のであり、公訴棄却判決(338条4号)がされるべきである(通説も同調)。

これを看過して1審判決がなされれば、絶対的控訴事由(378条2号「不法に、公訴を受理し、又はこれを棄却したこと」)・絶対的破棄事由(397条1項)となる。】

なお、違法が治癒しがたいとする多数意見に対し、「本件のように被告人が異議も述べずに一審の審理が完結している場合には裁判の公正を疑わせる程度は低い、それにも関わらず審理を最初からやりなおさせるというのは著しく訴訟経済に反する」との斎藤裁判官の反対意見が付せられている。

 

※最判昭和26年12月18日 恐喝事件における近隣に知られていた経歴素行性格等の記載

本件で起訴された恐喝罪の公訴事実のように、一般人を恐れさせるような被告人の経歴、素行、性格等に関する事実を相手方が知っているのに乗じて恐喝の罪を犯した場合には、これら経歴等に関する事実を相手方が知っていたことは恐喝の手段方法を明らかならしめるに必要な事実である…違法ということはできない。

 

※最判昭和27年3月5日 「被告人は詐欺罪により既に二度処罰を受けたものであるが」

本件起訴状によれば、詐欺罪の公訴事実について、その冒頭に、「被告人は詐欺罪により既に二度処罰を受けたものであるが」と記載しているのであるが、このように詐欺の公訴について、詐欺の前科を記載することは、両者の関係からいって、公訴犯罪事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項にあたると解しなければならない。

所論は、本件被告人の前科は、公訴による犯罪に対し、累犯加重の原由たる場合であって、検察官は、裁判官の適正な法令の適用を促す意味において、起訴状の記載要件となっている罰条の摘示をなすと同じ趣旨の下に、これを起訴状に記載したものであると主張するが、前科が、累犯加重の原由たる事実である場合は、量刑に関係のある事項でもあるから、正規の手続に従い(刑訴296条参照)、証拠調の段階においてこれを明らかにすれば足りるのであって、特にこれを起訴状に記載しなければ、論旨のいう目的を達することができないという理由はなく、従って、これを罰条の摘示と同じ趣旨と解することはできない。

もっとも被告人の前科であっても、それが、(1)公訴犯罪事実の構成要件となっている場合(例えば常習累犯窃盗)又は(2)公訴犯罪事実の内容となっている場合(例えば前科の事実を手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であって、これを一般の前科と同様に解することはできないからこれを記載することはもとより適法である。

 

コメント:累犯加重とは、@懲役に処せられた者が、Aその執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に更に罪を犯した場合において、Bその者を有期懲役に処するとき、に刑の長期が2倍とされることをいう(刑法56条1項)。累犯加重にあたることを示すためであっても、前科を訴状に記載することは許されないことを示した点に本判決の意義がある。本判決以後、実務では、(1)(2)の場合にあたるのでない限り、前科は起訴状に記載されなくなった。

 

※最判昭和33年5月20日 恐喝文をほとんどすべて引用

 「一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴256条6項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには…少しでもこれを要約して摘記すべきである

しかし、起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載すべく、訴因を明示するにはできる限り犯罪の方法をも特定して記載しなければならないことも刑訴256条の規定するところであり、そして起訴状における公訴事実の記載は具体的になすべく、恐喝罪においては、被告人が財物の交付を受ける意図をもって他人に対し害を加えるべきことの通告をした事実は犯罪構成事実に属するから、具体的にこれを記載しなければならないことはいうまでもない。

本件公訴事実によれば@いわゆる郵送脅迫文書は加害の通告の主要な方法であるとみられるのに、Aその趣旨は婉曲暗示的であって、被告人の右書状郵送が財産的利得の意図からの加害の通告に当るか或は単に平穏な社交的質問書に過ぎないかは主としてその書翰の記載内容の解釈によって判定されるという微妙な関係のあることを窺うことができる。かような関係があって、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に脅迫文書の全文と殆んど同様の記載をしたとしてもそれは要約摘示と大差なく、被告人の防御に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴256条6項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。」

 

43 外国人被告人と起訴状 東京高判平成11年29日

判決の要約:日本語に通じない外国人の被告人に起訴状謄本を送達するに当たり、被告人の理解できる言語による訳文を添付しなくても、公判手続の全体を通じて、被告人が訴追事実を明確に告げられ防御の機会を与えられていると認められるときは、適正手続を保障した憲法31条に違反しない。

∵起訴状の謄本が送達された際には、被告人としては自分がいかなる事実について公訴を提起されたのか直ちには理解できていなかったとしても、公判手続全体を通じて、被告人が自己に対する訴追事実を明確に告げられ、これに対する防御の機会を与えられていると認められるならば、適正手続にいう「告知と聴問」の機会は十分に与えられているということができ、ひいては手続全体として憲法31条には違反していないと考えることができるのである。

  コメント:法は不可能を強いるものではない。

 

※大阪高判平成7年12月7日

起訴状謄本の送達は、受送達者が訴訟能力を欠く場合でも、その効力を認めるのが相当である。

コメント:理由、@訴訟手続きの安定。A送達を受ける権利は重要だが、その後の手続きが充実していれば、これにより適正手続きの要請を充分に満たすことができる。

 

44 公訴時効の起算点 熊本水俣事件 最高裁昭和63年2月29日決定

(1)結果時説

  「公訴時効の起算点に関する刑訴法253条1項にいう「犯罪行為」とは、刑法各本条所定の結果をも含む趣旨と解するのが相当であるから、上村耕作を被害者とする業務上過失致死罪の公訴時効は、当該犯罪の終了時である同人死亡の時点から進行を開始するのであって、…」

コメント:@行為時説、A基本的結果時説(傷害結果発生時)、B結果時説(死亡時)の3説がある。

行為時説をとると、結果が発生する前に時効が完成するということが起こりえるが、これでは結果犯につき、訴追の機会が全くない事例を生じてしまい、不当である。結果時説が妥当である。

 

(2)数人死亡した場合の各業務上過失致死罪が観念的競合の関係にある場合の処理につき、時効連鎖説たったに原審の判断を否定し、全体として一体とみるべきとの一体説に立つことを明言:

  原判決は、各罪が観念的競合の関係にある場合において、1つの罪の公訴時効期間内に他の罪の結果が発生するときは、時効的連鎖があるものとし、これらを一体的に観察して公訴時効完成の有無を判定すべきであるが、時効的連鎖が認められないときは、それぞれを分割して各別に公訴時効完成の有無を判定すべきであるとの解釈を示した、…

しかし、前記前提のもとにおいても、観念的競合の関係にある各罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たっては、その全部を一体として観察すべきものと解するのが相当であるから(最高裁昭和41年4月21日第1小法廷判決参照)、上村耕作の死亡時から起算して業務上過失致死罪の公訴時効期間が経過していない以上、本件各業務上過失致死傷罪の全体について、その公訴時効はいまだ完成していないものというべきである

最判41年4月21日は、公職選挙法違反の事例につき、「観念的競合の関係にある各罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たっては、その全部を一体として観察すべきものと解するのが相当」と判示し、最終の結果発生時が起算点となるとしている。観念的競合は、一つの行為が複数の犯罪にあたる場合であり、各犯罪の結びつきが特に強いのだから、全体を一体としてみる判例の立場(一体説)には合理性があるものと考える。田口は反対(個別説)。

 

(3)原審が時効の完成を認めた点は不当としつつ、時効が完成したとして免訴となった部分については、検察官は上告していないから、攻防対象からはずれているとして、原審を維持(攻防対象論)

したがって、原判決が右2名以外の5名を被害者とする各業務上過失致死傷罪について公訴時効の完成を肯定した点は、法令の解釈適用を誤ったものであるが、その部分については、第1審判決の理由中において公訴時効完成による免訴の判断が示され、同判決に対しては検察官による控訴の申立がなかったものであって、右部分は、原審当時既に当事者間においては攻防の対象からはずされていたものとみることができるから(最高裁昭和46年3月24日決定参照<新島ミサイル事件>)、結局、原判決の右誤りは、判決に影響を及ぼさない。上告棄却。

 

判例の立場:ア.観念的競合 → 一体説、  イ.牽連犯 → 時効連鎖説  ウ.包括一罪 → 一体説(最終犯罪行為の終了時<結果発生時>)

 

コメント:科刑上一罪は、公訴事実が同一とされ、一回の起訴しか基本的に許されないのだから、それとのバランス上、公訴時効との関係でも一体として扱うのが合理的である。

もっとも、牽連犯の場合には、観念的競合の場合よりも、各犯罪の結びつきが弱く、例外を認める余地があり、被告人の地位にも配慮して、時効連鎖説の立場をとるのが相当である。

 

cf.最高裁昭和29年7月14日決定 (時効停止効は起訴時に公訴事実を同一にする範囲で生じる)

詐欺で起訴され、後に訴因が横領に変更せられた事件に対する公訴時効完成の有無は、右起訴の時を基準として判断すべきであつて、右訴因変更の時を基準として判断すべきでない

コメント(1)仮に訴因変更時ということになると、検察官としては、将来ありうべき訴因変更の可能性を確保しておくために、ありうべき訴因をすべて予備的に主張しておかねばならないということになる。しかし、これは検察官に不可能を強いるものであるし、これでは訴訟の進行状況に応じて柔軟に対応できるように訴因変更制度を設けた意義も大きく損なわれる。

(2)公訴事実の同一性の範囲で刑罰権は一つと考えられ、起訴時にかかる刑罰権の行使の意思が明確にされるから、公訴事実の同一性の範囲で時効停止効も認めてよい。

(3)共犯者についても時効停止の効力が生じるとされる<254条1項>こととの均衡からも起訴時説が妥当である(三井129頁参照)。- 共犯者について現実に審判の対象となっていないのに、時効停止の効力が生じている。

 

cf.仙台高判昭和34年2月24日

単独犯として公訴が提起されても、共犯との関係で時効停止効が生じる。

 

cf.最判昭和37年9月18日

255条1項前段の「犯人が国外にいる場合」は、同項後段の「犯人が逃げ隠れている」場合と異なり、公訴時効の進行停止につき、起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかったことを前提要件とするものでないことは、規定の明文上疑いを容れないところであり、また、犯人が国外にいる場合は、実際上わが国の捜査権がこれに及ばないことにかんがみると、犯人が国内において逃げ隠れている場合とは大いに事情を異にするのであって、捜査官において犯罪の発生またはその犯人を知ると否とを問わず、犯人の国外にいる期間、公訴時効の進行を停止すると解することには、十分な合理的根拠があるというべきである。

 

45 起訴状謄本の不送達と公訴時効 最高裁昭和55年5月12日決定

なお、刑訴法254条1項の規定は、起訴状の謄本が同法271条2項所定の期間内に被告人に送達されなかったため、同法339条1項1号の規定に従い決定で公訴が棄却される場合にも適用があり、公訴の提起により進行を停止していた公訴時効は、右公訴棄却決定の確定したときから再びその進行を始めると解するのが相当であ(る。)

判例を支持する見解:公訴棄却判決であっても、検察官の公訴追行の意思が明確にされている以上、基本的に公訴時効の停止の効力は一般的に認められている。そして、起訴状謄本の不送達の場合だけを異なって取扱い、時効停止の効力を否定すべき事情は何らみあたらないのだから、起訴状謄本の不送達の場合も、同じに取り扱うべきだ。

コメント:公訴棄却となることをわかっていて、起訴を何十回もくりかえすことで、時効を長期間停止させるという濫用の事例がいくつも報告されており、271条2項によって時効停止の効力についても、「さかのぼってその効力を失う」と考えるべき、との批判がなされている。

参照:271条2項 「公訴提起の日から二ヶ月以内に起訴状の謄本が送達されないときは、公訴の提起は、さかのぼって効力を失う」

 

46 付審判請求の審理方式 最高裁昭和49年3月13日決定

(1)裁判所の審理方式の宣言について不服申し立てをすることはできるか

できない(∵単なる宣明にすぎず、訴訟上の効果を生じないから)

 

(2)では、付審判請求手続きにおいて弁護人に対して捜査記録等の閲覧謄写を許可する決定に対する不服申し立てをすることはできるか

原則不可。ただし、重大な違法があり、かつ上訴によっては救済しがたい場合には、433条の抗告をすることが許される。

「原決定のうち、本件捜査記録等の閲覧謄写の許可を維持した部分について検討するに、付審判請求手続における右のような決定は、訴訟手続に関し判決前にした決定に準ずるものとして、原則としてこれに対し刑訴法433条の抗告をすることは許されないと解すべきである。しかし、かかる訴訟手続に関し判決前にした決定又はこれに準ずるものであっても、次に述べるような重大な違法があり、かつ付審判請求事件の終局裁判に対する上訴によっては効果的な救済を期待しがたい場合には、例外的に刑訴法433条の抗告をすることが許され、裁判所は、同法411条の準用により原決定を取り消すことができるものというべきである。」

参照特別抗告 433条1項「この法律により不服を申立てることができない決定又は命令に対しては、第405条(憲法違反・判例違反)に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告することができる。」 433条2項「前項の抗告の提起期間は、5日とする。」

任意破棄 411条

 

(3)重大な違法があるか

「おもうに、付審判請求事件における審理手続は、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であり、本質的には対立当事者の存在を前提とする対審構造を有しないのであって、このような手続の基本的性格・構造に反しないかぎり、裁判所の適切な裁量により、必要とする審理方式を採りうるものと解すべきところ、検察官から送付された捜査記録等の閲覧謄写を請求人代理人に許可することは、これによって被疑者その他捜査協力者らの名誉・プライバシーを不当に侵害する可能性や、真実歪曲の危険性などの存在を否定しきれないのであるから、このような密行性の解除によってもたらされる弊害に優越すべき特段の必要性のないかぎり、裁判所に許される裁量の範囲を逸脱し、違法となると解するのを相当とする。

しかるところ、原裁判所は、請求人代理人ら関与による事実の取調べなどの手続を行なう前提のもとに、その審理に入るに先だち、本件捜査記録等につき、具体的事項に応じ個別的に吟味を加えることなく、無制限かつ全面的にこれを請求人代理人の閲覧謄写に供するのであるが、原決定の挙示する諸事情は、いずれも前記弊害に優越すべき特段の必要性がある場合に該当するものとは認めがたいのであって、許可の対象を弁護士たる請求人代理人に限定し、これに守秘義務を課するなど、許可による弊害防止にも配慮していることを考えても、右措置を正当化しうるものではなく、ひつきよう右閲覧謄写の許可は、裁判所に許された裁量の範囲を逸脱し、違法といわなければならない。そして、このような違法は重大であり、かつ付審判請求事件の終局裁判に対する上訴によっては効果的な救済を得がたい場合にあたるというべきである。」

 

解説:1、付審判請求手続きの性質については、訴訟に近いものとみるのか、裁判所による捜査に近い

とみるのかにより、争いがある。本件判決で、捜査説に立つことを最高裁は明らかにした。2、その帰結として、証拠開示、証拠申請権、立会権、尋問権もない、とされる(もっとも禁止する規定もないので裁量により必要と認める方法をとりうる)。<根拠は、訴訟とは目的が異なっており、公開や当事者への手続き保障の要請の程度が付審判請求手続きでは低いということにあろう>

 

*昭和44年9月11日 付審判請求事件の被疑者も忌避申立ができる

付審判請求は、現行法において、はじめておかれた制度であるが、それは、特殊の犯罪について、検察官の不起訴処分の当否に対する審査を裁判所に委ねたものであり、その審査にあたる裁判所は、いうまでもなく、職務の独立性を保障された裁判官をもって構成され、かつ、その権限は極めて広範なものである(刑訴法265条2項)。かような裁判所を構成する裁判官について、その職務執行の公正を期するため、除斥、忌避および回避の規定の適用のあることは、その制度のおかれた趣旨等にかんがみるときは、いうをまたずして明らかである。

 …刑訴法21条1項に忌避申立権者として定められた被告人には、当然に付審判請求事件の被疑者も含まれると解しなければならない。

参照265条2項 「…事実の取調(にあたり)…裁判所又は裁判長と同一の権限」

21条1項「…検察官又は被告人は忌避の申立てができる。」 21条2項「弁護人は被告人のために忌避の申立てができる。ただし、被告人の明示した意思に反することはできない。」

三井U438頁:この判旨の理由付けは、付審判請求事件に限らず、広く被疑者一般に妥当する。よって、被疑者は、広く忌避申立ができると解すべきである。

 

 

cf.三井U76頁 付審判決定に基づく公判審理での職権濫用罪以外の訴因への訴因変更

付審判制度の目的は、不当不起訴の是正にあるのであり、訴因変更を認めてもこの目的は害されないから、かかる訴因変更もできる、と解されるべきである(積極説)。

 

cf.付審判の請求時ではなく、付審判決定時に時効中断効が生じる(最高裁昭和33年5月27日決定)

 

47 訴因の明示 覚せい剤の自己使用 最高裁昭和56年4月25日決定 吉田町事件

 なお、職権により判断すると、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和54年9月26日ころから同年10月3日までの間、広島県高田郡吉田町内及びその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用して施用し、もって覚せい剤を使用したものである。」との本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

 

コメント覚せい剤の自己使用については各使用ごとに一罪が成立し、それぞれ併合罪の関係に立つというのが実務である(場所的時間的に近接していれば包括一罪となるとする超少数説もある-三井167頁で紹介)

 これを前提とすると、吉田町事件のような事案で、当該期間内に複数の自己使用がありうる場合、どの自己使用が処罰の対象となっているのか特定されていなければいけないことになる。

 学説では、最終一回説と最低一回説(三井)の二説が有力である。最低一回説は、訴因の特定として不十分であり、どの範囲で既判力が生じるのか説明がつかず、不当であると批判される。

よって、最終一回説が妥当である。最終一回説に対しては、尿の検査結果とと最終の直近使用行為とは必ずしも対応しないので技巧的にすぎるとの批判がされる。しかし、尿の検査結果と対応関係が肯定できるような期間内においての最終の一回であるというのが最終一回説の趣旨なのだから、批判はあたらないというべきである。実務においては、被疑者・被告人取調も、最終一回の使用についてのものであることを前提とし、その最終一回についての供述を求めるという形で行われるのであるから、このような取調の状況等から考えても、最終一回説が妥当といわざるおえない。(「新刑事手続きU」192頁)。

 

※最高裁37年11月26日決定 白山丸事件(256条3項違反の問題)

 なお、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、昭和27年4月頃より同33年6月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである」というにあって、犯罪の日時を表示するに6年余の期間内とし、場所を単に本邦よりとし、その方法につき具体的な表示をしていないことは、所論のとおりである。

 しかし、刑訴256条3項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防御の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になっている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。

 これを本件についてみるのに、検察官は、本件第1審第1回公判においての冒頭陳述において、証拠により証明すべき事実として、(1)昭和33年7月8日被告人は中国から白山丸に乗船し、同月13日本邦に帰国した事実、(2)同27年4月頃まで被告人は水俣市に居住していたが、その後所在が分らなくなった事実及び(3)被告人は出国の証印を受けていなかった事実を挙げており、これによれば検察官は、被告人が昭和27年4月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となってから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同33年7月8日白山丸に乗船して帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。そして、本件密出国のように、本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず、外交関係を維持していない国に赴いた場合は、その出国の具体的顛末についてこれを確認することが極めて困難であって、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものというべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、起訴状及び右第1審第1回公判の冒頭陳述によって本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防御の範囲もおのずから限定されているというべきであるから、被告人の防御に実質的の障碍を与えるおそれはない。それゆえ、所論刑訴256条3項違反の主張は、採ることを得ない。

コメント:白山丸事件についても、最終一回説が妥当。

 

※傷害致死罪における訴因の特定 最高裁平成14年7月18日決定(重版平成14年度―刑訴4)

問題となった予備的訴因:「被告人は、単独又はY及びZと共謀の上、平成9年9月30日午後8時30分ころ、福岡市中央区(所在の)ビジネス旅館A2階7号室において、V…に対し、同人の頭部等に手段不明の暴行を加え、同人に頭蓋冠、頭蓋底骨折等の傷害を負わせ、よってそのころ、同所において、同人を頭蓋冠、頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡するに至らしめたものである。」

判旨

「原判決によれば、第1次予備的訴因が追加された当時の証拠関係に照らすと、Vに致死的な暴行が加えられたことは明らかであるものの、暴行態様や傷害の内容、死因等については充分な供述等が得られず、不明瞭な領域が残っていたというのである。そうすると、第1次予備的訴因は、暴行態様、傷害の内容、死因等の表示が概括的なものにとどまるが、検察官において、当時の証拠に基づき、できる限り、日時、場所、方法等をもって傷害致死の罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものと認められるから、訴因の特定に欠けるところはないというべきである。」

 

訴因不特定の効果:その公訴提起は無効であり、公訴棄却判決ができる。もっとも、いきなり公訴棄却をするのでなく、検察官に釈明を求め、検察官が不特定な訴因を特定させれば、有効な公訴提起として扱ったよい。これを訴因の補正という。補正は口頭でなされれば足りる(講義案113頁)。釈明により補正された場合、補正された部分は、訴因の一部となる。

 

48 訴因変更の要否 最高裁昭和55年3月4日決定

なお、@道路交通法117条の2第1号の酒酔い運転も同法119条1頃7号の2の酒気帯び運転も基本的には同法65条1頃違反の行為である点で共通し、前者に対する被告人の防御は通常の場合後者のそれを包含し、Aもとよりその法定刑も後者は前者より軽く、Bしかも本件においては運転開始前の飲酒量、飲酒の状況等ひいて運転当時の身体内のアルコール保有量の点につき被告人の防御は尽されていることが記録上明らかであるから、前者の訴因に対し原判決が訴因変更の手続を経ずに後者の罪を認定したからといって、これにより被告人の実質的防御権を不当に制限したものとは認められず、原判決には所論のような違法はない。

 

※最判平成13年4月11日 概括的択一的認定と訴因変更の要否 平成13年度重版-刑訴4

裁判の経過:殺人事件の公訴事実は、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから午後9時30分ころまでの間、青森市安方2丁目所在の共済会館付近から前記最終処分場に至るまでの間の道路に停車中の普通乗用自動車内において、殺意をもって、被告人が、Bの頚部を絞めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」旨の事実…。この事実につき、第1審裁判所は、審理の結果、「被告人は、Aと共謀の上、前同日午後8時ころから翌25日未明までの間に、青森市内又はその周辺に停車中の自動車内において、A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法でBを殺害した」旨の事実を認定し、罪となるべき事実としてその旨判示した。

(1)罪となるべき事実の判示として十分か

 まず、以上のような判示が殺人罪に関する罪となるべき事実の判示として十分であるかについて検討する。上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。

(2)訴因変更手続きを経ずに異なる認定をしたことの適法性

 次に、実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ、実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。

 そこで、本件について検討すると、記録によれば、次のことが認められる。第1審公判においては、当初から、被告人とAとの間で被害者を殺害する旨の共謀が事前に成立していたか、両名のうち殺害行為を行った者がだれかという点が主要な争点となり、多数回の公判を重ねて証拠調べが行われた。その間、被告人は、Aとの共謀も実行行為への関与も否定したが、Aは、被告人との共謀を認めて被告人が実行行為を担当した旨証言し、被告人とAの両名で実行行為を行った旨の被告人の捜査段階における自白調書も取り調べられた。弁護人は、Aの証言及び被告人の自白調書の信用性等を争い、特に、Aの証言については、自己の責任を被告人に転嫁しようとするものであるなどと主張した。審理の結果、第1審裁判所は、被告人とAとの間で事前に共謀が成立していたと認め、その点では被告人の主張を排斥したものの、実行行為者については、被告人の主張を一部容れ、検察官の主張した被告人のみが実行行為者である旨を認定するに足りないとし、その結果、実行行為者がAのみである可能性を含む前記のような択一的認定をするにとどめた。以上によれば、第1審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。

 

重版解説最高裁は、訴因の「審判対象の画定」機能「争点の明確化」(被告人に対する不意打ち防止)機能を区別する。

まず(1)審判対象の画定に必須の事実(訴因の記載として不可欠な事項)に関しては、それと異なる事実を(加えて)認定するには訴因変更が必要だという前提をとる。

(2)そうでない事実であっても、(実行行為者が誰であるのかのように、一般的に被告人の防御にとって重要な事項については)争点の明確化という観点から訴因に明示することが望ましく、それが明示されたときには、それと実質的に異なる認定をするには原則として訴因変更が必要であるとする。ただ、このAの場合には例外を認める余地があり、少なくとも、「被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものでないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるといはいえない場合」は、訴因変更を不要とする。

 

判例の法理<私的解釈>

 

(1)審判対象の画定に必要な事項をつけたす場合

.故意犯から過失犯注意義務・注意義務違反行為の認定が別途必要となる、単独正犯から共同正犯へ共謀の認定が別途必要となる

→ 必ず訴因変更が必要。∵審判対象の画定のため。

 

(2)審判対象の画定に不要

 

@縮小認定

.強盗から恐喝へ、殺人から傷害致死へ、傷害致死から傷害へ、殺人から承諾殺人へ承諾については検察官による証明が不要と考えられるので、共同正犯から幇助へ、

→訴因変更は常に不要。防御に実質的な不利益は生じないから。

 

Aわずかな事実の食い違いの場合

.9.09cの覚せい剤所持を9.99cの覚せい剤所持へこの程度なら情状に大した影響はない 実例刑訴

訴因変更は常に不要。防御に実質的な不利益は生じないから。

 

B重要な事実の食い違い(実質的に異なる認定)

.実行行為者が誰であるかの変化。過失の態様の大きな変化。

→ 一般的に被告人の防御を害するものであり、訴因変更は原則として必要。但し、例外的に不要となる場合がある。具体的な訴訟の経緯等に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合である。

 

C訴訟条件を欠く事実を縮小認定

.告訴なく強姦致傷の訴因で起訴されたところ、裁判所は、強姦の事実はあると認めたが、致傷の事実は認定できなかった。

一般的に被告人の防御を害するものであり、訴因変更は原則として必要。但し、例外的に不要となる場合がある。

(具体的な訴訟の経緯等に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められる場合には、例外的に不要となる。なお、不利益であるとの要件を削除しているのは、縮小認定という概念が、刑などが軽くなり被告人に有利であることを前提とした概念であり、被告人に有利であることは当然の前提とされているからである。)

※なお、「判例は、訴訟条件を欠く事実への縮小認定も通常の縮小認定と同じに取り扱っているのだ」との理解も十分に可能である。しかし、かかる取扱いは不当であると考えるので、期待的観測も含めてこのように分類しておく。

 

コメント

1. 判例は、まず、審判対象の画定に必要な事実かどうかで区別をする。審判対象の画定に必要なら、訴因変更は必要となる<(1)の類型>。

2. 一方、審判対象の確定の観点からは訴因変更が必要とされなくても、さらに被告人の防御を害さないかという観点から、訴因変更の要否を検討する必要がある。

まず、一般的に被告人の防御を害さないのであれば、訴因変更という重い手続きはとる必要がない(縮小認定<(2)@>やわずかな事実の食い違い<(2)A>の類型では、一般的に被告人の防御に不利益は生じないから、訴因変更は常に不要となる)。

一般的には不意打ちといえなくても、具体的な事案ではわずかの事実の差が不意打ちとなる場合もある。かかる場合には、訴因変更を経る必要はないが、釈明などをするべきであり、もししなければ、審理不尽として違法となりうる

3. 次に、一般的に被告人の防御を害するような態様の事実の変化であっても、具体的な訴訟の経過等に照らし、被告人の防御に不利益を生じないのであれば、訴因変更手続きをとる必要はない。(∵訴訟経済に反する)。

(2)Bの類型や、(2)Cの類型は、一般的に被告人の防御を害するような態様の事実の変化である。

よって、原則として訴因変更手続きが必要。もっとも、具体的な訴訟の経過等に照らし、不意打ちとならない場合には、訴因変更手続きをとる必要はない。

 

 

最判昭和40年4月28日 幇助→共同正犯 <(1)の類型の例>

共同正犯を認めるためには、幇助の訴因には含まれていない共謀の事実を新たに認定しなければならず、また法定刑も重くなる場合であるから、被告人の防御権に影響を及ぼすことは明らかであって、当然訴因変更を要するものといわなければならない。

コメント:平成13年の最高裁の理論からいくと、共謀の事実は審判対象の画定に必要な事実であり、被告人の具体的な防御に不利益が生じるか否かにかかわらず、訴因変更が必要となる、と説明されることになろう(重版解説の(1)の類型)。

 

最判26.6.15 縮小認定の例 (強盗→恐喝) <(2)@の例>

元来、訴因又は罰条の変更につき、一定の手続が要請される所以は、裁判所が勝手に、訴因又は罰条を異にした事実を認定することに因って、被告人に不当な不意打を加え、その防御権の行使を徒労に終らしめることを防止するに在るから、かかる虞れのない場合、例えば、強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮少された事実を認定するについては、敢えて訴因罰条の変更手続を経る必要がないものと解するのが相当である。

 

縮小認定と訴訟条件:

・まず、訴訟条件は、審判対象とされる訴因に示された犯罪事実を基準として判断されるべきである(訴因対象説、∵当事者主義)。

 

・としても、訴因変更なく縮小認定できないか?

(A説)認めない、(B説)検察官の意思を確認し被告人に伝えた上で認める、(C説)無条件に認める、の3説がある。私見は(B説)。

訴訟条件を欠くような事実を縮小認定で認定して訴訟判決を出すのは、一般的に被告人の防御活動・訴訟戦術に重大な影響を生じることであり、また、検察官に訴訟条件を欠くような訴因についての訴追意思はないと一般的に考えられることから、原則としてかかる縮小認定は認めるべきでなく、訴因変更(訴因の予備的追加)を必要とすべきである。

もっとも、検察官に縮小訴因についての訴追意思を確認し検察官が訴追意思を明らかにし、かつ、被告人にもこれを適当な方法により告知したような場合には、当事者に対する不意打ちはないといえるのだから、訴因変更なく縮小認定を認めても構わないと考える。

 

49 公訴事実の同一性 収賄と贈賄 最高裁昭和53年3月6日決定

職権により判断するに、「被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の職務上の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した」という枉法収賄の訴因と、「被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した」という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであって、基本的事実関係においては同一であるということができる。したがって、右の2つの訴因の間に公訴事実の同一性を認めた原判断は、正当である。

 

※最判昭和63年10月25日

◆覚せい剤使用罪の当初の訴因と変更後の訴因との間において、使用時聞、場所、方法に多少の差異があるとしても、いずれも被告人の提出した尿中から検出された覚せい剤の使用行為に関するものであつて、事実上の共通性があり、両立しない関係にあると認められる場合には、右両訴因は、公訴事実の同一性を失わない。

コメント:判例は基本的事実の同一を判断基準としつつ、非両立もあわせて考慮する。なお、併合罪の関係にある場合は公訴事実は同一でない。実体法上一罪の関係にある場合には公訴事実は同一。

 

50 大阪高判平成元年3月7日 公訴事実を同一にしない訴因をも含む訴因への訴因変更の可否

原審での証拠調べの結果によれば、8月下旬ころには、カルダンでの被告人からAに対する約0・27グラムの覚せい剤の譲渡の事実は、複数存在する可能性があったのであり、しかもそれら事実は併合罪の関係にある別個の事実を成すものであったのであるから、当初の8月29日ころのカルダンでの覚せい剤の譲渡の事実を、8月下旬ころのカルダンでの覚せい剤の事実に訴因を変更することは、その変更後の訴因が複数存在する可能性のある譲渡の事実のいずれを指すのか特定を欠くのみならず、当初の訴因とは併合罪の関係にある公訴事実の同一性を欠いた事実をも含む訴因に変更することとなるので、それは許されないことといわねばならない。したがって、原裁判所としては、全証拠調べの結果に基づいて、すでになされた訴因変更の許可を取り消すなどの手続を取り、当初の訴因に戻した上判決をすべきであったのであり、それにもかかわらず原裁判所が訴因変更を許可したまま、変更された訴因に基づいて判決したのは、訴訟手続の法令違反であるといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

 

※東京高判昭和60年9月19日

◆同じ日に2回行われた覚せい剤の譲受け事犯について、その日時を「昭和59年3月25日ころ」であるとする訴因を「昭和59年3月22日ころから同月25日ころまでの間」であるとする訴因に変更した場合において、仮りに変更後の期間内に相当回数の覚せい剤取引があつたとしても、変更前と変更後の各訴因の譲渡人、譲り受けの場所、時刻、譲受量、価格が同一であり、また、検察官が審判を求めている取引が最後の日の2回の取引であると認められるときは、両訴因の間には公訴事実の同一性があり、訴因の特定にも欠けるところはないとして、訴因変更は適法であるとされた事例

 

※東京高判49年10月24日

◆変更前の訴因は、変更後の訴因のうちいずれか一個との間では公訴事実の同一性を肯定し得るにしても、その余の二個の訴因との間では公訴事実の同一性は認められないと解するのが相当である。したがつて、本件については、刑事訴訟法312条1項に反する訴訟手続の法令違反があるというほかなく、この違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点で破棄を免れない。

 

コメント:百選50事件は、公訴事実の同一性がない犯罪事実まで含んだ事実への訴因変更となっているために、公訴事実の同一性の要件を欠きそもそも訴因変更が「できない」のである(訴因変更の可否の問題)。訴因の特定がない訴因への訴因変更が濫用となり「許されない」(訴因変更の許否の問題)のではない。

 

51 訴因変更の時期 福岡高判51年4月5日 訴因変更を許可しなかった事例 (訴因変更の許否)

(1)刑訴法312条1項は、「裁判所は検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。」と定め、一般に、右請求は、検察官の責任と権限においてなされるべく、裁判所の介入すべきことではないとされ、ここに刑事訴訟の当事者主義的構造のあらわれがみられると解されている。そしてその赴くところは、公訴事実の同一性を害しない限り、検察官は、一度撤回した訴因を再び追加することすら、原則として禁ぜられるものではないとの裁判例も示されている。しかしながら、およそ例外を全く許さない原則はないのであつて、同条四項に、「裁判所は訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で被告人に充分な防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。」と定めていることにかんがみると、右検察官の権限といえども、被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしめないこととの適正な釣合いの上に成り立つていることが明らかであつて、もし、被告人の右不利益を生ずるおそれが著しく、延いて当事者主義の基本原理であり、かつ、裁判の生命ともいうべき公平を損うおそれが顕著な場合には、裁判所は、公判手続の停止措置にとどまらず、検察官の請求そのものを許さないことが、例外として認められると解するのが相当である。しかして、ここにいう被告人の防禦に実質的な不利益のなかには、憲法上の要請でもある迅速な裁判をうけ得ないことからくる被告人の不安定な地位の継続による精神的物質的な消耗をも考慮に入れるべきである。

  (2) このような観点に立つて本件を案ずるに、検察官の前記訴因変更の請求は、成程公訴事実の同一性を害しない限度ではあるが、前示(一)及び(二)の経緯が明らかに示すとおり、検察官が弁護人の求釈明によつて自ら明瞭に訴因から除外することを確認した事実をあらためて復活させるに等しく(本件においてはこの事実即ち前記足蹴り行為が訴因にのぼせられるにおいては、被告人にとつては、本件殺人の点につきあらたな防禦範囲の拡大を強いられるのみならず、暴行、傷害、傷害致死等の実行行為としても独立に評価され、処断される危険にさらされることに留意すべきである)、しかも約2年6箇月の攻防を経て一貫して維持してきた訴因、即ち本件問題の行為が殺害行為そのものであるとの事実の証明が成り立ち難い情勢となつた結審段階のことであつてみれば、そうしてまた、被告人としては、右足蹴り行為につき、それまで明確に審判の対象から外され、従つて防禦の範囲外の事実として何ら防禦活動らしい活動をしてこなかつたことの反面、右問題の行為が、殺害行為どころか救助行為としての消火行為であるとの一貫した主張がようやく成功したかにみえる段階であつたことをも考えあわせてみれば、それはまさに、不意打ちであるのみならず、誠実な訴訟上の権利の行使(刑訴規則1条2項)とは言い難いうえに、右事実をあらたに争点とするにおいては、たとえば、読売新聞掲載の写真の撮影者等の証人喚問、フイルムの提出命令等の事態が十分予想され、被告人としても、これらに対するあらたな防禦活動が必然的に要請され、裁判所もまた十分にその機会を与えなければならないから、訴訟はなお相当期間継続するものと考えられ、迅速裁判の趣旨(刑訴規則1条1項)に反して被告人をながく不安定な地位に置くことによつて、被告人の防禦に実質的な著しい下利益を生ぜしめ、延いて公平な裁判の保障を損うおそれが顕著であるといわなければならない。

  (3)以上審案したところによつてみれば、原審裁判所が、検察官の前記訴因の変更を許さなかつたことは、さきに示した例外的な場合に該当して結局相当というべ(きである)。

 

訴因変更の許否についてのコメント:1、@従前の検察官の態度と反するものか、誠実な訴訟上の権利の行使といえるか、A被告人の防御活動をやりなおす必要がでてくるか、被告人に予期できるものであったか、B裁判を長期化させるものか、などを考慮する。

2、(ア)控訴審であっても、許される場合はある。(イ)被告人の防御が効を奏したから検察官が訴因を変更したという場合でも、検察官の行動として合理的なもので被告人に予期できるものであれば、当然に訴因変更は許される(例えば、殺人の訴因で起訴され被告人が承諾の事実を主張立証しそれが効を奏したために検察官が承諾殺人の訴因を予備的に追加する場合)。

3、なお最高裁が、訴因変更の許否の問題につきどのように考えているのかはいまだ明らかではない。しかし、あまり好意的にはとらえていないようであり、認めるとしてもかなり例外的な事例に限るであろうことは想像にかたくない。

 

52 訴因変更の義務 最判昭和58年9月6日 日大闘争事件

(1)訴因変更の要否

乙事実の現場共謀に基づく犯行の訴因につき、乙事実の事前共謀に基づく犯行を認定するには、訴因変更手続きが必要とする原審の判断は正当。

 

(2)訴因変更命令等の義務の有無

 次に、第1審裁判所には検察官に対し訴因変更を命ずる等の原判示の義務があったか否かの点につき検討すると、第1審において右被告人らが無罪とされた乙事実又はその一部が警察官1名に対する傷害致死を含む重大な罪にかかるものであり、また、同事実に関する現場共謀の訴因を事前共謀の訴因に変更することにより右被告人らに対し右無罪とされた事実について共謀共同正犯としての罪責を問いうる余地のあることは原判示のとおりであるにしても、記録に現われた前示の経緯、とくに、@本件においては、検察官は約8年半に及ぶ第1審の審理の全過程を通じ一貫して乙事実はいわゆる現場共謀に基づく犯行で・・・あるとの主張をしていたのみならず、審理の最終段階における裁判長の求釈明に対しても従前の主張を変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしていたこと、A第1審における右被告人らの防御活動は右検察官の主張を前提としてなされたことなどのほか、B本件においては、乙事実の犯行の現場にいたことの証拠がない者に対しては、いずれも乙事実につき公訴を提起されておらず、右被告人らに対してのみ乙事実全部につき共謀共同正犯としての罪責を問うときは右被告人らと他の者との間で著しい処分上の不均衡が生ずることが明らかであること、C本件事案の性質・内容及び右被告人らの本件犯行への関与の程度など記録上明らかな諸般の事情に照らして考察すると、第1審裁判所としては、検察官に対し前記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、さらに進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。

 

※最判昭和43年11月26日 伊勢市暴力団発砲事件 (教材275頁)

裁判所は、原則として、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はないのである(昭和33年5月20日第3小法廷判決参照)が、本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によって人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である。したがって原判決が、本件のような事案のもとで、裁判所が検察官の意向を単に打診したにとどまり、積極的に訴因変更手続を促しまたはこれを命ずることなく、殺人の訴因のみについて審理し、ただちに被告人を無罪とした第1審判決には審理不尽の違法があるとしてこれを破棄し、あらためて、原審で予備的に追加された重過失致死の訴因について自判し、被告人を有罪としたことは、違法とはいえない。

 

※名古屋高判昭和63年12月21日

本件事故の実体に即応する形に訴因を変更するよう検察官に対して命令ないし勧告しないまま,重大事案について,いきなり被告人を無罪とする判決を言い渡したものであって,審理不尽の違法を犯したものといわざるを得ず,この原審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるといわなければならない。

 

※東京高判52年12月20日 罰条変更を伴う訴因変更を促す義務

◆包括一罪として審判の対象とされたものが、証拠調べの結果、訴因事実そのものに変動が生じ、そのために数個の併合罪と認定するのが相当であると判断されるにいたつたときは、その段階で検察官に釈明を求め、場合により罪数補正を伴う訴因変更手続をうながすなどして、被告人、弁護人にそれに対応する防御の機会を与えるべき訴訟法上の義務があるとされた事例

 

コメント:訴因変更命令は、当事者の攻撃防御の機会を充実させ、当事者主義を補完するための制度と考えるべきであり、実体的真実主義の観点から裁判所が介入するための制度ではないと考えるべき。

 

関連:証拠提出を促す義務 最判昭和33年2月13日

わが刑事訴訟法上裁判所は、原則として、職権で証拠調をしなければならない義務又は検察官に対して立証を促がさなければならない義務があるものということはできない。

しかし、原判決の説示するがごとく、本件のように被告事件と被告人の共犯者又は必要的共犯の関係に立つ他の共同被告人に対する事件とがしばしば併合又は分離されながら同一裁判所の審理を受けた上、他の事件につき有罪の判決を言い渡され、その有罪判決の証拠となった判示多数の供述調書が他の被告事件の証拠として提出されたが、検察官の不注意によって被告事件に対してはこれを証拠として提出することを遺脱したことが明白なような場合には、裁判所は少くとも検察官に対しその提出を促がす義務あるものと解するを相当とする。従って、被告事件につきかかる立証を促がすことなく、直ちに公訴事実を認めるに足る十分な証拠がないとして無罪を言い渡したときは、審理不尽に基く理由の不備又は事実の誤認があって、その不備又は誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとしなければならない。

 

関連:訴因変更命令の形成力 最判昭40年4月28日

「検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない」(訴因変更命令の形成力を認めた一審は違法と判断)。

コメント:当事者主義・裁判所の公正中立の観点から形成力がないとしたのであろう。

石坂反対意見:「(形成力を認めなければ)、裁判官は、検察官が頑迷に固執する訴因構成の法律見解と、証拠によって認められる事実もしくは自己が正しいと確信するに至って居る法律適用との間に挾搾せられて、憲法の要請する良心に従った裁判を貫き通すことが困難となり、ひいては、裁判の威信を害し、裁判所の結論に対し、世の疑惑すらも招く虞すらなしとしない。」また、裁判において命令が明らかにされる以上、当事者にとっても不意打ちとならず、弊害はない。

 

53 訴訟条件と訴因 親告罪の告訴 東京地判昭和58年9月30日

 なお、非親告罪として起訴された後にこれが親告罪と判明した場合について起訴の時点では告訴がなかった点をどう考えるべきかについて付言するに、当初から検察官が告訴がないにもかかわらず敢えてあるいはそれを見過ごして親告罪の訴因で起訴したのとは全く異なり、本件のように、訴訟の進展に伴ない訴因変更の手続等によって親告罪として審判すべき事態に至ったときは、その時点で初めて告訴が必要となったにすぎないのであるから、現行法下の訴因制度のもとでは、右時点において有効な告訴があれば訴訟条件の具備につきなんら問題はなく実体裁判をすることができると解する

コメント:非親告罪として起訴されていたのだから、適法訴因についての起訴であった。そして、告訴を得た後に親告罪に訴因変更しているのだから、適法訴因から適法訴因への訴因変更であり、訴因変更が認められることに問題はない。学説でもほとんど争いない。

 

関連:訴訟条件の判断の方法

訴因基準説と心証基準説があるが、当事者主義的訴訟構造がとられている現行法の元では、訴因基準説が妥当である。

 

※告訴がないにも関わらず親告罪の訴因で起訴された場合の告訴の追完の可否

(A説)常に告訴の追完を認める、(B説)冒頭手続きまでに告訴の追完がある場合ないし被告人の同意がある場合に告訴の追完を認める、(C説)重大な違法がなければ告訴の追完を認める、(D説)告訴の追完を認めない、の4説がありえよう。

(A説)(B説)では、告訴の追完や被告人の同意を見込んでの違法な起訴を招きかねず不当であるし、一方、軽微な違法しかない場合にまで訴訟を打ち切るとする(D説)は訴訟経済の観点から不当である。<例えば訴訟の審理がかなり進行し証人尋問等もすでに終えているというような場合を想定せよ。(D説)に立つものは、訴えを提起しなおせばいいというが、証人尋問をすべてやりなおすというのはあまりに無駄。しかも、オウム事件のように事件が複雑で、証人の数が膨大である場合には、証人尋問をやりなおすというのは、到底不可能である。そうでなくとも、二度も証人尋問を繰り返すというのは、さぞかし証人には迷惑な話であろう。>

(C説)がすぐれている。

 

※窃盗の訴因で起訴されたが、冒頭手続きにおいて被害者と被告人との親族関係が明らかになった場合に、検察官は被害者を変更し適法な訴因に変更できるか

三井は、(D説)から、両方とも起訴は無効であるとして徹底する(三井「刑事手続きU」108頁)。しかし、判例は最決昭和29年9月8日において訴因変更を認める取扱いをしている。やはり(C説)が妥当なのではないか。

 

論証例当初訴因であるXに対する窃盗の訴因を基準とすると、訴訟は不適法である。ではかかる不適法訴因から適法訴因への訴因変更は認められるか。

(1)思うに、違法訴因で起訴したという違法が重大な場合には、認めるべきでなく公訴棄却とすべきだが、違法が重大とまでいえない場合には認めてよいと考える。(∵訴訟経済の要請も無視できないからである。)

(2)これを本件についてみるに、検察官は捜査の過程において親族関係であることを知ることができなかったというのであり、審理の過程で始めて訴訟条件が欠けていることが判明したというのであるから、検察官が不適法訴因で起訴した違法は重大とまではいえず、したがって適法訴因への訴因変更は認められると考える。

 

訴訟条件を欠く場合(暴行罪については時効完成)の適法訴因(傷害)への訴因変更の可否

札幌地裁室蘭支部昭和34年1月31日判決

訴因変更を肯定した事例。

コメント:免訴の場合には、再訴が認められなくなる点で、公訴棄却とは同じに考えられないとして、この事例においては訴因変更を比較的ゆるやかに認めるのが学説の流れである。三井もこの事例では基本的に訴因変更を認める。しかし、三井が、公訴棄却事由の場合には検察官や被告人の受ける不利益を度外視し、常に公訴を無効とする立場をとっていることとの整合性がとれているのかは疑問である。

やはり(C説)が最もすぐれている。

 

54 裁判官の忌避 最高裁昭和48年10月8日決定

ところで、元来、裁判官の忌避の制度は、裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によっては、その事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公平および信頼を確保することを目的とするものであって、その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によって救済を求めるべきであるといわなければならない

したがって、訴訟手続内における審理の方法、態度に対する不服を理由とする忌避申立は、しょせん受け容れられる可能性は全くないものであって、それによってもたらされる結果は、訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはありえず、これらのことは法曹一般に周知のことがらである。

…右のごとき忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするものとして、同法24条により却下すべきものである。

 

コメント:不服申立が認められる可能性が全くない、訴訟手続き内における審理の方法、態度に対する不服を理由とする忌避申立に対しては、受訴裁判所が決定で簡易却下ができる。そして、この場合には、忌避された裁判官自身も決定に関与できる。

 

参照24条:訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立は、決定でこれを却下しなければならない。この場合には、前条3項の規定<忌避された裁判官は、...決定に関与することができない>を適用しない。

 

55 被告人の確定 最高裁昭和60年11月29日決定

事案:起訴された時には、逮捕され身柄拘束されていた事案。その後、保釈されたが、公判期日には出頭し、執行猶予つきの判決を受けた。再び犯罪を犯し、氏名詐称がばれたので、検察官は26条に基づき執行猶予の部分の取消を求めた。

判旨:「本件取消請求の対象である執行猶予の判決の効力が申立人に及ぶとした原審の判断は正当である。

本件においては、申立人が、捜査官に対し、ことさら知人の氏名を詐称し、かねて熟知していた同女の身上及び前科をも正確に詳しく供述するなどして同女であるかのように巧みに装ったため、捜査官は、申立人が右幡中であることについて全く不審を抱かず、両者の指紋の同一性の確認をしなかった結果、執行猶予の判決確定前には申立人の前科を覚知できなかったというのであるから、検察官は執行猶予取消請求権を失わない。」

白鳥1版33頁(手続きの明確の観点から)基本的に表示説が妥当である。手続きがある程度進行した後は、行動説を加味せざるおえないが、その場合にも、起訴状に客観化された意思以上に検察官の意思を斟酌するべきではない。<→民訴の実質的表示説に限りなく近い>

あてはめ:検察官の意思としては、身柄拘束のある者を被告人とする意思であったと解される。そして、身柄拘束の有無については、起訴状に明記される(規則164条1項2号)のだから、かかる意思は起訴状に客観化されているといえ、考慮に入れてよい。そうすると、被告人は、被冒用者ではなく、冒用者であることになる。

 

cf.最高裁昭和50年5月30日決定

◆いわゆる略式手続において、甲が乙の氏名を冒用し、捜査機関に対し被疑者として行動し、かつ、裁判所で被告人として乙名義の略式命令の謄本の交付を受けて即日罰金を仮納付するなどの事実があつたとしても、右略式命令の効力が冒用者である甲に生じたものとすることはできない。

コメント:略式命令では常に、被告人は表示された者となる。検察官としては、被疑者・被告人として行動していた者を被告人として訴追する意思かもしれないが、かかる意思は、訴状に客観化されておらず、考慮にいれるべきではないからである(白鳥説からの説明)。

 

56 被告人の訴訟能力 最判平成7年2月28日

職権により判断するに、刑訴法314条1項にいう「心神喪失の状態」とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である。

 原判決の認定するところによれば、被告人は、耳も聞こえず、言葉も話せず、手話も会得しておらず、文字もほとんど分からないため、通訳人の通訳を介しても、被告人に対して黙秘権を告知することは不可能であり、また、法廷で行われている各訴訟行為の内容を正確に伝達することも困難で、被告人自身、現在置かれている立場を理解しているかどうかも疑問であるというのである。右事実関係によれば、被告人に訴訟能力があることには疑いがあるといわなければならない。そして、このような場合には、裁判所としては、同条4項により医師の意見を聴き、必要に応じ、更にろう(聾)教育の専門家の意見を聴くなどして、被告人の訴訟能力の有無について審理を尽くし、訴訟能力がないと認めるときは、原則として同条1項本文により、公判手続を停止すべきものと解するのが相当であり、これと同旨の原判断は、結局において、正当である。

 

千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。

 仮に被告人に訴訟能力がないと認めて公判手続を停止した場合におけるその後の措置について付言すると、裁判所は、訴訟の主宰者として、被告人の訴訟能力の回復状況について、定期的に検察官に報告を求めるなどして、これを把握しておくべきである。そして、その後も訴訟能力が回復されないとき、裁判所としては、検察官の公訴取消しがない限りは公判手続を停止した状態を続けなければならないものではなく、被告人の状態等によっては、手続を最終的に打ち切ることができるものと考えられる。ただ、訴訟能力の回復可能性の判断は、時間をかけた経過観察が必要であるから、手続の最終的打切りについては、事柄の性質上も特に慎重を期すべきである。

 

参照:314条1項 被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定でその状態の続いている間公判手続きを停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

 

コメント:心神喪失の状態の回復の見込みがないと見られる場合などには、@検察官が公訴を取消すか、

A裁判所が手続きを打ち切るべきである(千草補足意見参照、なお根拠条文として田口、白鳥、松尾は339条1項4号<被告人死亡の場合の公訴棄却>をあげる)。

 

57 国選弁護 最判昭和54年7月24日

事案<第10回公判前に国選弁護人全員が辞意を表明。「はっきりいって弁護団を信用していない」、「弁護人の心構えもできていない」と誹謗する発言をし、定刻をはるかに越えたため退席しようとすると「我々を監獄に入れるきか」といって暴行>

判旨:「<本件においては>、被告人らは国選弁護人を通じて権利擁護のため正当な防御活動を行う意思がないことを自らの行動によって表明したものと評価すべきであり、そのため裁判所は、国選弁護人を解任せざるを得なかったものであり、しかも、被告人らは、その後も一体となって右のような状況を維持存続させたものであるというべきであるから、被告人らの本件各国選弁護人の再選任請求は、誠実な権利の行使とはほど遠いものというべきであり、このような場合には、形式的な国選弁護人選任請求があっても、裁判所としてはこれに応ずる義務を負わないものと、解するのが相当である。

 ところで、訴訟法上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないものであることは刑事訴訟規則1条2項の明定するところであり、被告人がその権利を濫用するときは、それが憲法に規定されている権利を行使する形をとるものであっても、その効力を認めないことができるものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるから(昭和44年6月11日第1小法廷判決参照)、第1審が被告人らの国選弁護人の再選任請求を却下したのは相当である。

このように解釈しても、被告人が改めて誠実に国選弁護人の選任を請求すれば裁判所はその選任をすることになるのであり、なんら被告人の国選弁護人選任請求権の正当な行使を実質的に制限するものではない。したがって、第1審の右措置が憲法37条3項に違反するものでないことは右判例の趣旨に照らして明らかである。論旨は、理由がない。」

 

58 必要的弁護 最高裁平成7年3月27日決定

 1 刑訴法289条に規定するいわゆる必要的弁護制度は、被告人の防御の利益を擁護するとともに、公判審理の適正を期し、ひいては国家刑罰権の公正な行使を確保するための制度である(最高裁昭和23年年10月30日判決)。

 2 被告人は、第2次第1審において、本件が必要的弁護事件であって、審理を行うには弁護人の立会いが必要であることを熟知しながら、前記のように、弁護人を公判期日へ出頭させないなど、種々の手段を用いて、本件公判審理の進行を阻止しようとしたものであり、私選弁護人両名は、このような被告人の意図や目的を十分知りながら、裁判所による公判期日の指定に応ぜず、被告人の意向に沿った対応に終始し、裁判所が公判期日を一括して指定するや、公判期日への不出頭あるいは在廷命令を無視した退廷を繰り返し、裁判所からの再三にわたる出頭要請にも応じなかったものである。さらに、裁判所が弁護人出頭確保のため弁護士会の推薦に基づき順次選任した同会会長を含む国選弁護人も、被告人の意向に従って、あるいは、被告人の弁護人本人やその家族に対する暴行ないし脅迫によって、いずれも公判期日に出頭しなくなったものである。そして、このような被告人の言動あるいは被告人の意向に沿った弁護人らの対応によって、多数回にわたり実質審理が阻止され、弁護人の立会いの下に公判期日を開くことが事実上不可能になったものであることは明らかである。

 3 このように、@裁判所が弁護人出頭確保のための方策を尽したにもかかわらず、A被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、Bその事態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、刑訴法289条1項の適用がないものと解するのが相当である。けだし、このような場合、被告人は、もはや必要的弁護制度による保護を受け得ないものというべきであるばかりでなく、実効ある弁護活動も期待できず、このような事態は、被告人の防御の利益の擁護のみならず、適正かつ迅速に公判審理を実現することをも目的とする刑訴法の本来想定しないところだからである。

 

コメント286条の2・341条を類推するのは不当。被告人自身の出頭と弁護人の出頭を同じに考えることはできないから。必要的弁護事件における弁護人の在廷は、公益をも目的としており、被告人の放棄しうるものではない。そこで、判例のように内在的制約により説明するのが妥当である。

 

参照:286条の2 被告人が出頭しなければ開廷することができない場合において、勾留されている被告人が、公判期日に召還を受け、正当な理由がなく出頭を拒否し、監獄官吏による引致を著しく困難にしたときは、裁判所は被告人が出頭しないでも、その期日の公判手続きを行うことができる

341条 被告人が陳述をせず、許可を受けないで退廷し、又は秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、その陳述を聴かないで判決をすることができる。

 

59 外国人被告人と法廷通訳 大阪高判平成3年11月19日

法廷通訳の正確性や公平さに疑問があるとされた事例

 

60 レペタ法廷メモ訴訟<国賠> 最判平元年3月8日

See付録

 

61 高田事件 最判昭和47年12月20日

(1) 憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。

(2) 刑事事件について審理が著しく遅延するときは、被告人としては長期間罪責の有無未定のまま放置されることにより、ひとり有形無形の社会的不利益を受けるばかりでなく、当該手続においても、被告人または証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防御権の行使に種々の障害を生ずることをまぬがれず、ひいては、刑事司法の理念である、事案の真相を明らかにし、罪なき者を罰せず罪ある者を逸せず、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するという目的を達することができないことともなるのである。上記憲法の迅速な裁判の保障条項は、かかる弊害発生の防止をその趣旨とするものにほかならない。

(3) もっとも、「迅速な裁判」とは、具体的な事件ごとに諸々の条件との関連において決定されるべき相対的な観念であるから、憲法の右保障条項の趣旨を十分に活かすためには、具体的な補充立法の措置を講じて問題の解決をはかることが望ましいのであるが、かかる立法措置を欠く場合においても、あらゆる点からみて明らかに右保障条項に反すると認められる異常な事態が生じたときに、単に、これに対処すべき補充立法の措置がないことを理由として、救済の途がないとするがごときは、右保障条項の趣旨を全うするゆえんではないのである。

(4) それであるから、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判の保障条項によって憲法が守ろうとしている被告人の諸利益が著しく害せられると認められる異常な事態が生ずるに至った場合には、さらに審理をすすめても真実の発見ははなはだしく因難で、もはや公正な裁判を期待することはできず、いたずらに被告人らの個人的および社会的不利益を増大させる結果となるばかりであって、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、その手続をこの段階において打ち切るという非常の救済手段を用いることが憲法上要請されるものと解すべきである。

(5) そこで、本件において、審理の著しい遅延により憲法の定める迅速な裁判の保障条項に反する異常な事態が生じているかどうかを、次に審案する。…

 被告人らが迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したとは認めがたいこと、および迅速な裁判の保障条項によってまもられるべき被告人の諸利益が実質的に侵害されたと認められることは、前述したとおりであるから、本件は、昭和44年第1審裁判所が公判手続を更新した段階においてすでに、憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ち至っていたものと断ぜざるを得ない。したがって、本件は、冒頭説示の趣旨に照らしても、被告人らに対して審理を打ち切るという非常救済手段を用いることが是認されるべき場合にあたるものといわなければならない。

 刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどった本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。

 

コメント(1)憲法37条は具体的権利(プログラム規定ないし抽象的権利ではない)、(2)訴訟が遅延すると、@被告人という不安定な地位に長期間置かれ有形無形の社会的不利益を受ける、A証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防御権の行使に種々の障害を生ずる。(高田事件以後の判例は、@を軽視し、Aにしか目を向けないとして批判される。)。(3)憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項に明らかに反すると認められる異常な事態が生じたときには、免訴として手続きを打ち切るべきである(長期間の経過により国家の刑罰権が消滅すると考えられる点で公訴時効と共通するので、公訴時効についての337条4号が類推されるべきである)。(4)その判断にあたっては、さまざまな要素が考慮されるべきである。(5)本件では、最高裁は37条に明らかに反するとの判断をした。もっとも、その後の最高裁は、被告人の地位にあること自体によって受ける有形無形の社会的不利益に目をそむけ、十年以上の訴訟の遅延があっても、例えば、「被告人の立証は既に終わっているから被告人の防御の権利を害しない」「被告人は審理の継続を要求していない」などとの理由をつけ憲法37条1項に反するとまではいえないとの判断をくりかえしている。(6)かかる最高裁の近時の傾向は、強く批判されており、特に被告人の訴訟上の防御の不利益にしか目を向けない態度は、憲法37条1項の目的と公訴時効制度の目的とを混同するものとして槍玉にあげられている。

 

62 証拠開示 最高裁昭和44年4月25日決定

(裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しないかぎり、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行ない、訴訟の合目的的進行をはかるべき権限と職責を有するものであるから、@本件のように証拠調の段階に入った後、A弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、B事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防御のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができるものと解すべきである。そうして、本件の具体的事情のもとで、右と同趣旨の見解を前提とし、所論証人尋問調書閲覧に関する命令を維持した原裁判所の判断は、検察官においてこれに従わないときはただちに公訴棄却の措置をとることができるとするかのごとき点を除き、是認することができる。)。

 

cf.証拠開示の決定を行わない場合に弁護人は309条1項により異議申し立てできるか?

@検察官は、証拠開示命令の決定に不服申立てできること(309条1項)との均衡、

A開示命令は裁判所の裁量事項であるが、措置が違法となる場合がありうること

B弁護人にとって訴訟上重要な利害にかかわるものであること

等から、309条1項の異議申立てを認めるべきである(三井281頁参照)

 

コメント:員面調書は、検面調書に比べ、初期の段階でとられることから、捜査官による誘導等の影響を受けていない供述が記載されており弁護にとって大変重要である反面、供述が整理されておらず、第三者のプライバシー等に関する事実が記載されていることが多く、開示にあたって慎重を要するという特殊性を有する。

論証例(1) 国家権力を背景にする検察官と被告人では、その証拠収集能力に圧倒的な差がある。

(2) しかも、現行の刑事訴訟法においては、被告人の証拠収集方法について充分な手当てがなされていない。例えば、40条は裁判所に提出された証拠だけ、299条は検察官が取調を予定している証拠だけ、300条については有利不利の判断を検察官が行う、など、それぞれ問題がある。

(3) かかる状態が放置されれば、被告人の手元には充分な証拠も集まらず、検察官に対抗できるような実効的な防御活動も行いえないということになり、適正手続き(憲法31条)の理念に反することになる。

(4) 思うに、裁判所は両当事者に対して攻撃防御の機会を充分に与え、手続き保障が充分になされるよう配慮すべき立場にある。

とすれば、上述の状態を是正し、被告人の手続き保障を充分なものとするため、一定の場合には、訴訟指揮権(294条)に基づき、検察官の手元にある証拠の開示を命じることも許されるというべきである。

(5) ではどのような場合に証拠開示命令は許されるのか。

まず、(事前の)全面的な開示は認めるべきでない。なぜなら、罪証隠滅・証人威迫、関係者のプライバシー侵害、捜査秘密の漏洩等の重大な弊害を招きかねないし、また検察官にとっても全面開示は多大な負担となるからである。

そこで、証拠の開示は、具体的な証拠について、証拠の開示の必要性とその開示による弊害を個別的に利益衡量した上で、行われるべきである。

(6) すなわち、@(証拠の開示の必要性が具体的に明らかとなるであろう)証拠調べの段階に入った後で、A弁護人から、(証拠開示の)具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされ、B事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防御のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認められるときに、証拠開示命令は発せられるべきである。

 

※なお、開示を求められた書類を証拠開示することにより、証人威迫等の弊害が生じる場合であっても、書類の一部を非開示とすることにより弊害を避けることができるなら、かかる措置がとられるべきである。

 

63 集団事件の審理方式 最高裁昭和50年9月11日決定

◆第1審における被告人らの統一公判要求は、いわゆる昭和44年10月11月闘争と称されるところの多数の事件と本件との併合審理を求めるもので、これら多数の事件と本件被告事件とは法律上共犯関係にも立たないものであるから、第1審がその要求をいれなかつたことは正当であり、刑事訴訟法313条所定の裁量権を不当に行使したとはいえないとした原審の判断は正当として是認できる。

◆刑事訴訟法341条が同条所定の事由があるときは被告人の陳述を聴かないで判決をすることができると定めた趣旨は被告人の正当な防御権の放棄を理由とするものであり、この理は判決の前提となる審理を行う場合においてもなんら異なるところはないから、いつたん公判期日に出頭した被告人が裁判長から法廷の秩序維持のため退廷を命ぜられたときは、裁判所は同条に基き、被告人不在のまま当日の公判審理を行うことができるものと解すべきであるとした原審の判断は、いずれも正当である。

 

64 厳格な証明と自由な証明 最高裁昭和58年12月19日決定

事案:電報電話局長作成の回答書 (逆探知資料の送付嘱託を行うことの当否を判断するため又は証人(電報電話局長)申請の採否を判断するため)について、検察官が証拠調べを請求した。

 

判旨:原審が..取り調べた水海道電報電話局長作成にかかる取手警察署長宛昭和57年5月11日付回答書は、弁護人申請にかかる送付嘱託の対象物は存在しないという事実を立証趣旨とするものであって、原審が右逆探知資料の送付嘱託を行うことの当否又は右逆探知に関する証人申請の採否等を判断するための資料にすぎないところ、右のような訴訟法的事実については、いわゆる自由な証明で足りるから、..これを取り調べた原審の措置に違法はないというべきである。

コメント

(1)厳格な証明・自由な証明の定義

「証拠能力があり、かつ適式な証拠調べを経た証拠による証明」(最判昭和38年10月17日)をいう。自由な証明とは、そのような厳格な証明によらない証明をいう。

犯罪事実を中核とする一定の事実の認定には、厳格な証明が必要とされる(317条 証拠裁判主義)。適正な事実認定を確保するためである。

 

(2)厳格な証明と自由な証明の主な違い-

@伝聞法則の適用の有無、A303条・308条等の証拠調べの手続きに関する規定の適用の有無

参照303条 公判準備においてした証人その他の者の尋問、検証、押収及び捜索の結果を記載した書面並びに押収した物については、裁判所は、公判期日において証拠書類又は証拠物としてこれを取り調べなければならない<公判中心主義の現れ>

308条 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人に対し、証拠の証明力を争うために必要とする適当な機会を与えなければならない<証明力を争う機会の付与>。

 

(3)厳格な証明を要する事実

一般に、訴訟法的事実情状(犯罪事実に関連するものを除く)については、自由な証明で足りるとされる。

 

情状については、非類型的であり、厳格な証明に適さず、厳格な証明を要求するとかえって必要な資料が充分に得られないおそれがあるので、自由な証明の対象とされる。もっとも、証拠調べの面では少なくとも証拠の内容を公判廷に顕出し(303条参照)、当事者にこれを争う機会を与えること(308条)が必要であるなどとされる(「刑事訴訟法の争点」189頁-小林充裁判官)

 

一方、刑罰権の存否及びその範囲を画する事実(ex.犯罪事実・違法性阻却事由・責任阻却事由・処罰条件・刑の加重減刑事由等をいう)については、厳格な証明が必要とされる。∵刑罰権の存否及びその範囲の画定に関する事実は、被告人にとって最も重要な事実とされるからである

なお、犯罪事実に関する情状(犯情という)は、「刑罰権の存否ないしその範囲を画する事実」にはあたらないが、犯罪事実の認定と密接に関連するため、犯罪事実の認定と量刑の手続きが分けられていない現行法の元では、犯罪事実と同様に厳格な証明の対象とせざるをえない、とされる。

 

(4)厳格な証明を要するか争いがある場合

自白の任意性に関する事実 → 通説は、訴訟法的事実であるので「自由な証明で足りる」として、「伝聞法則の適用は排除すべき」とするが、被告人の最低限の手続き保障のため、自由な証明とはいっても、「公判廷にその内容を顕出(303条参照)し、被告人に争う機会を与えるべき(308条)である」、とする(例えば安富「証拠法」7頁)。厳格な証明を要するとする反対説との違いは、伝聞法則の適用の有無にある。自白の任意性とその証明力の立証とは、密接不可分と考えるし、訴訟の帰趨に影響する大変重要な事実なので、私見としては厳格な証明の対象となると考えたい。

 

アリバイ事実などの被告人に有利な事実 →「犯罪事実の存否の証明」(314条3項・321条1項3号)と被告人に有利か否かを特に区別しない規定が存在すること、被告人に有利な証拠にも証拠にも証拠能力が要求されている場合があること(322条1項)から、被告人に有利な事実にも厳格な証明が必要とするのが、通説である。

 

訴訟条件に関する事実 → 訴訟法的事実であるが、公訴棄却や免訴等の判決の基礎となる事実であるとともに処罰条件と同様に解することができるとして厳格な証明によるべきであるとの少数説もある(松尾14頁等)。

 

自首・累犯前科 → 犯罪事実の成否には関係せず、伝聞法則を適用すべき必要性が高いといえないことなどから、自由な証明で足りるとする説も有力である(「新刑事手続き」の検察官の立場)。しかし、通説は、刑の減免・加重を基礎づける事実で、刑の範囲を画する事実なのだから、犯罪事実に準じて厳格な証明の対象となるとする。(安富「証拠法」5頁参照)

 

65 証明の必要 東京高判昭和62年1月28日

-判旨省略-

コメント:他の事件の判決で、暴行の態様が認定されても、暴行の態様が裁判所に顕著な事実として証明を要しなくなるわけではない。

 

66 同種前科による事実認定 最判昭41年11月22日

犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によって認定した原判決に所論の違法は認められない。

 

解説:1、原則として、悪性格証拠については、証拠能力がない(争点混乱の禁止、予断の排除のため-法律的関連性なし)。2、ただし、証拠としての採用の必要性が特に高い場合、あるいは、証拠と立証事実との間の関連性が明らかで不当な偏見を生じるおそれが少ないとき等には、例外的に証拠として許容される場合がある。3、具体的には、@善性格を被告人が立証した場合、A構成要件の一部である場合(常習性)、Bある行為が起訴に係る犯罪行為と密接不可分に結合している場合、C特殊な手口、方法による同種の犯罪等により、被告人と犯人との同一性を証明する場合、D起訴に係る犯罪行為の主観的要素を証明する場合、などである。

安富「証拠法」25頁:この事案は、寄付金名下の詐欺という特殊な手口による犯行であり、被告人が同種手口による前科を有していたという事情があったものであり、その趣旨を他の類型の犯罪にも一般化することには疑問があり、また、他の主観的要素にも妥当するとまではいえないものと思われる。

 

67 違法収集証拠 最判昭和53年9月7日 大阪覚せい剤事件(教材25頁)

事案:上衣内ポケットに手を入れてかたい物をとりだした。

判旨(1)適法性―原判決の認定した事実によれば、垣田巡査が被告人に対し、被告人の上衣左側内ポケットの所持品の提示を要求した段階においては、被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ、また、同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあったから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケットに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであって、職務質問に付随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。してみると、右違法な所持品検査及びこれに続いて行われた試薬検査によってはじめて覚せい剤所持の事実が明らかとなった結果、被告人を覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕する要件が整った本件事案においては、右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえないものである。

(2)証拠能力

1) 違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法1条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。ところで、刑罰法令を適正に適用実現し、公の秩序を維持することは、刑事訴訟の重要な任務であり、そのためには事案の真相をできる限り明らかにすることが必要であることはいうまでもないところ、証拠物は押収手続が違法であっても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法35条が、憲法33条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法31条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。

 (2) これを本件についてみると、原判決の認定した前記事実によれば、被告人の承諾なくその上衣左側内ポケットから本件証拠物を取り出した垣田巡査の行為は、@職務質問の要件が存在し、かつ、所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかった被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであって、Aもとより同巡査において令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があったものではなく、また、B他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立ってみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである。

コメント:@違法といっても、微妙な事案であった。A捜査官としても令状主義の潜脱の意図はなかった。

このうち、特にAが大事。

 

68 先行する手続きに違法がある場合に後行する手続きで収集された証拠が違法排除されるか 最判昭和61年4月25日

本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そして、そのような判断の結果、採尿手続が違法であると認められる場合でも、それをもって直ちに採取された尿の鑑定書の証拠能力が否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、右鑑定書を証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、右鑑定書の証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和53年9月7日判決<大阪覚せい剤事件>参照)。

以上の見地から本件をみると、採尿手続前に行われた前記一連の手続には、被告人宅の寝室まで承諾なく立ち入っていること、被告人宅からの任意同行に際して明確な承諾を得ていないこと、被告人の退去の申し出に応ぜず警察署に留め置いたことなど、任意捜査の域を逸脱した違法な点が存することを考慮すると、これに引き続て行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない。しかし、被告人宅への立ち入りに際し警察官は当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど被告人の承諾を求める行為に出ていること、任意同行に際して警察官により何ら有形力は行使されておらず、途中で警察官と気付いた後も被告人は異議を述べることなく同行に応じていること、警察官において被告人の受験の申し出に応答しなかったことはあるものの、それ以上に警察署に留まることを強要するような言動はしていないこと、さらに、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づき行われていることなどの事情が認められるのであって、これらの点に徴すると、本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。

 

解説:同一目的を否定した例として、最高裁平8年10月29日決定、及び大阪高判平8年5月15日がある。

コメント同一目的+直接利用の場合には、後行手続きは先行手続きの違法性を承継するというのが従来の判例理論であった。しかし、同一目的でなければ、違法性を承継しないというのも、不当であろうとすれば、同一目的+直接利用を基準とする違法性の承継論には、限界があり、これにあまりこだわるのは生産的でないということになる。平成15年の判例<後述>が、同一目的+直接利用の文言を示していないのも、このような考えを背景にしてのものと思われる。

 

では、どのような基準が用いられるべきなのか?

私見としては、@先行手続きの違法性の重大、A先行手続きとの密接関連、の相関関係により証拠能力が排除されるべきかを判断すればよいと考える。Aは、同一の目的なのか、また時間的に近接しているのか、捜査官は同じか、などさまざまな事情を考慮にいれて判断されるべきである。

 

※最判平成15年2月14日―最高裁が証拠排除を認めた初めての事例<尿の鑑定書>

(1)逮捕時に逮捕状の呈示がなく、逮捕状の緊急執行もなされておらず、その上その手続き的な違法を糊装するため、逮捕状へ虚偽事項を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、さらには公判廷で事実と反する証言をしていることを認定し、逮捕の当日に採尿された尿についての鑑定書の証拠能力を否定。

(2)尿の鑑定書を疎明資料として発布された捜索差押許可状に基づく捜索により発見され差押えられた覚せい剤については、密接な関連性は、ないとして証拠能力を肯定。

∵@司法審査を経て発布された捜索差押え許可状によってされたものであり、さらにA逮捕前に適法に発布された窃盗についての捜索差押許可状の執行と併せて行われた捜索であると認められるからである。

 

コメント(1)証拠排除を肯定した初めての最高裁判決。(2)ここでは、「先行手続きの違法が後行手続きに承継されるか」、という形ではなく、「特定の証拠が証拠排除される場合に、それを利用して収集された証拠で密接な関連を有する証拠も排除される」という形で、証拠同士の関係が問題となっている。

これには、いくつかの理由が考えられるが、私見としては、違法承継論へのこだわりを捨て去り、新たな基準を模索しているものと受けとめる(違法承継論を捨て去ったわけではないが、それより上位の包括的な判断基準を模索中ということ)。なお、小木曽は、逮捕つまり身柄拘束自体には、逮捕状の不呈示という軽微な手続き上の瑕疵しかなかったために、違法承継論が用いられなかったとの解釈も可能だという。<重大な違法が認められたのは、逮捕後の隠ぺい工作についてであり、これは身柄拘束とは一応別の行為である>。興味深い指摘であるが、参考にとどめたい。

 

※福岡高判平成7年8月30日 違法証拠と同意<平成8年度重版-刑訴5>

被告人が同意したとしても、「前提となる差押に、当事者が放棄することが許されない憲法上の権利侵害を伴う、前述の重大な違法が存するのであり、このような場合に、右同意等によって右各証拠を証拠として許容することは、手続的公正に反することになるから、右同意等があっても右各証拠が証拠能力を取得することはない」

 

※最判平成8年10月29日 逮捕現場における警察官の暴行とそれ以前に発見されていた覚せい剤の証拠能力<平成8年度重版-刑訴4>

証拠能力を否定されない。∵違法な手続きにより収集されたものではない。密接に関連とまではいえない。

 

※自白法則と違法収集証拠排除法則 千葉地判平成11年9月8日<11年度重版-刑訴4>

自白自体に任意性が認められたとしても、先行する捜査手続きに違法があった場合には、その違法が、その後に収集された自白の証拠能力に影響を及ぼし、当該自白が証拠から排除されなければならない場合があると考えるのが相当である。

コメント:自白法則と違法収集証拠の排除は、別途検討するのが、判例実務。本判決は、そのことを明示。

自白法則についての任意性説と親和的な判決といえよう。

 

70 幼児の証言能力

解説:裁判例は幼児の証言能力自体は、一応肯定した上で、事案に応じて証言の信用性を具体的に吟味・検討している。本件では、4歳半でも証言能力を肯定している。

 

71 目撃証言の信用性 東京高裁平成7年3月30日

-判旨省略-

 

72 刑事免責による証言強制 最判平成7年2月22日 ローキード事件

事案:日本の検察総長が、起訴しないと約束して(起訴免責)、カリフォルニア州の裁判所における証人尋問の結果を送ってもらった。最高裁も、起訴しない旨の約束は、守られるべきであるとの見解を公にした。その後、田中角衛が起訴され、その訴訟の中で当該証人尋問調書が証拠能力を有するのかが争われた。

判旨:「事実の認定は、証拠による」(刑訴法317条)とされているところ、その証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法1条)刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならない。本件嘱託証人尋問調書についても、右の観点から検討する必要がある。

 1(1) 刑事免責の制度は、自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度であって、本件証人尋問が嘱託されたアメリカ合衆国においては、一定の許容範囲、手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能しているものである。

 (2) 我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない

 (3) このことは、本件のように国際司法共助の過程で右制度を利用して獲得された証拠についても、全く同様であって、これを別異に解すべき理由はない。けだし、国際司法共助によって獲得された証拠であっても、それが我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるかどうかは、我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきものであって、我が国の刑訴法が刑事免責制度を採用していない前示のような趣旨にかんがみると、国際司法共助によって獲得された証拠であるからといって、これを事実認定の証拠とすることは許容されないものといわざるを得ないからである。

 2 以上を要するに、我が国の刑訴法は、刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容していないものと解すべきである以上、本件嘱託証人尋問調書については、その証拠能力を否定すべきものと解するのが相当である。

 

73 ポリグラフ検査 最高裁昭和43年2月8日決定

主張:弁護人は、ポリグラフ検査は理論的に未完成であり、証拠能力を否定すべきとして上告。

判旨:(ポリグラフの検査結果を、被検査者の供述の信用性の有無の判断資料に供することは慎重な考慮を要するけれども、原審が、刑訴法326条1項の同意のあった警視庁科学検査所長作成の昭和39年4月13日付ポリグラフ検査結果回答についてと題する書面〔鈴木貞夫作成の検査結果回答書添付のもの〕および警視庁科学検査所長作成の昭和39年4月14日付鑑定結果回答についてと題する書面〔鈴木貞夫作成のポリグラフ検査結果報告についてと題する書面添付のもの〕について、その作成されたときの情況等を考慮したうえ、相当と認めて、証拠能力を肯定したのは正当である。)

 

解説:1、科学的な基礎付けが充分かについては、争いがあるも、認めてよいのではないか。2、最高裁は、同意があればよいとしているのではなく、作成されたときの状況等を考慮し相当と認められることをも必要としている<検査者が習熟した者であるか、任意の同意があるか、機械は良好な状態にあったか等>。3、供述証拠と考える場合には、黙秘権の問題が生じる。同意がない場合には、ポリグラフ検査は行えないと考えるべき。4、なお、326条の同意がなくても、321条4項の類推により証拠能力が認められるであろう。5、ポリグラフ鑑定書の証拠能力が肯定されるとしても、その証明力については、過大評価がなされないよう注意しなければならない。

 

74 DNA鑑定 東京高裁平成8年5月9日

(弁護人の主張は、原審が)MCT118法によるDNA鑑定は、信頼性の点で未だ一般的に承認されているとは言えないことを認めながら、その証拠能力を肯定しているのは、理由齟齬の違法があるというのである。

 しかしながら、原判決は、MCT118法によるDNAの型鑑定はその信頼性が社会一般に完全に承認されているとまではいえないが、科学的根拠に基づいており、専門的な知識と技術及び経験を持った者により、適切な方法によって行われる場合には信頼性があり証拠能力を持つとの前提に立ち、本件DNA型鑑定の証拠能力が肯定される所以を説示しているのであり、理由に齟齬があるとは認められない。論旨は理由がない。」

コメント:自然的関連性の問題。専門的な知識と技術及び経験を持った者により、適切な方法によって行われる場合には自然的関連性が認められる。

追試を行うための資料(サンプル)が残っていないとしても、必ずしも証拠能力を失うわけではない

しかし、検察官が追試をはばむため、あえて、資料(サンプル)を全て鑑定で使いきったような場合には、手続き的正義の観点から、かかる鑑定調書の証拠能力は否定されるべきである(証拠禁止か)。

(なお、追試可能性がない場合には一律に政策的に排除すべきもので法律的関連性を欠くとする反対説もあるにはある)

 

関連:最判平成12年7月17日 足利幼女殺人事件 平成12年度重版-刑訴3

◆MCT118DNA型鑑定の証拠としての許容性

◆科学的原理が理論的正確性を有するいわゆるMCT118DNA型鑑定は、技術を習得した者により科学的に信頼される方法で実施された場合には証拠として用いることが許される。

 

75 声紋鑑定 東京高裁昭和55年2月1日 検事総長にせ電話事件(教材375頁)

◆声紋によつて人の声を識別する鑑定の結果は、検査実施者の技術と経験、使用器具の性能等に徴して、その検査結果に信頼性が認められるときには、証明力の程度は別として、これに証拠能力を認めることを妨げないとした事例

コメント:自然的関連性の問題。検査実施者の技術と経験、使用器具の性能等に徴して、その検査結果に信頼性が認められることが必要。

 

76 筆跡鑑定 最高裁41年2月21日決定 札幌脅迫はがき事件(教材373頁)

◆いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであつて、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によつて裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。したがつて、事実審裁判所の自由心証によつて、これを罪証に供すると否とは、その専権に属することがらであるといわなければならない。

コメント:自然的関連性の問題。

 

77 警察犬による臭気選別 最高裁昭和62年3月3日 カール号事件(教材377頁)

警察犬による本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供した原判決の当否について検討するに、記録によると、右の各臭気選別は、右選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、臭気選別能力が優れ、選別時において体調等も良好でその能力がよく保持されている警察犬を使用して実施したものであるとともに、臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点のないことが認められるから、本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供しうるとした原判断は正当である(右の各臭気選別の経過及び結果を記載した本件各報告書は、右選別に立ち会った司法警察員らが臭気選別の経過と結果を正確に記載したものであることが、右司法警察員らの証言によって明らかであるから、刑訴法321条3項により証拠能力が付与されるものと解するのが相当である。)。

コメント:自然的関連性の問題。@選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、A臭気選別能力が優れ、選別時において体調等も良好でその能力がよく保持されている警察犬を使用して実施したものであるとともに、B臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点のないこと、を理由に自然的関連性を肯定している。

 

※臭気選別の証明力 東京地判昭和62年12月16日(=百選80事件)

本件警察犬による臭気選別の結果の証明力を盲目的に過大評価してはならないことに触れておく。その理由は、体臭を含めて臭気の実体及び犬の嗅覚、とりわけ、犬がどのようにして臭気の異同を選別しているのか、そのメカニズム等についていまだ科学的に解明されてはいないことなどの一般論のほかに、本件2頭の警察犬の所属する訓練所では、その日常の臭気選別の訓練において、主として物品選別台上に原臭物品(あるいはその移行臭白布)とこれと同一の移行臭の選別物品(これを正解物という。)が必ず一個存在する場合に当該正解物をくわえて来るように仕込むという方法を行つていて、右台上に正解物を置かない場合に警察犬が何もくわえて来ないといういわばゼロ回答訓練は、多用すると警察犬に従労感というか俗に「やる気」というべきものを失くさせひいてその選別意欲を減退させてしまうという動物習性の限界があるため、ほとんどこれを行つていないからである(警察犬訓練所係官の証言)。そして、右のような日常訓練の結果、警察犬は、正解物が存在するか又はその存在の可能性の高いことが他の証拠により確認されている場合には、その物品の臭気選別の結果は相当の証明力を有する場合もあるであろうが、正解物が存在しない場合においては、何もくわえて来ないという訓練をほとんどしていないがゆえに、物品選別台上から、対象白布数個あるうちでは原臭物品の臭いに最も似た1個の白布等を誤つて持参して来る蓋然性もかなり多いことが考えられ、少なくともその可能性のあることは否定できないのである。よく訓練された警察犬などが隠匿された覚せい剤等の禁制品の探索・発見や地震等により生き埋めになつた人々の発見その他の分野で近時目覚ましい活躍をしていることは公知の事実であるとはいえ、右警察犬なども要はその使用する側が適正な利用をするか否かにその効果がかかつているところ、本件は臭いの新鮮とはいえない遺留された原臭物品(本件臭気選別は原臭物品採取後約2か月半経過した時点で行われている。)をもとにし、人の体臭との結びつきを解明しようという臭気選別の場合であり、しかもそれが全くの見込捜査の一環として行われ、前述のとおり正解物が果たしてあるのかどうか皆目わからないのであるから、右選別の結果の証明力は極めて低く、せいぜい捜査遂行のための一手段あるいはごく補助的な証拠としてこれを使用すべきであつて、あたかも指紋が照合したかのようにこれを決定的な証拠と考えることなどは論外というべきである。

コメント:ゼロ回答にとても弱い。犯人を探し出すための補助的道具とはなりえても、

 

78 疫学的証明 千葉大チフス菌事件 最高裁昭和57年5月25日決定

 (なお、所論は、原判決は疫学の法則を恣意的に解釈し、蓋然性の程度で事実を認定しているというが、原判決は、疫学的証明があればすなわち裁判上の証明があったとしているのではなく、「疫学的証明ないし因果関係が、刑事裁判上の種々の客観的事実ないし証拠又は情況証拠によって裏付けられ、経験則に照らし合理的であると認むべき場合においては、刑事裁判上の証明があったものとして法的因果関係が成立する。」と判示し、本件各事実の因果関係の成立の認定にあたっても、右立場を貫き、疫学的な証明のほかに病理学的な証明などを用いることによって合理的な疑いをこえる確実なものとして事実を認定していることが認められるので、原判決の事実認定の方法に誤りはないというべきである。)

コメント:疫学的方法を用いた立証活動は、厳格な意味では科学的立証とはいえないが、場合によっては、他の証拠ともあいまって、合理的な疑いをいれない程度の証明度に達することがある。

 

79 検察官の約束による自白 最判昭41年7月1日

事案:起訴猶予処分も考えられると検察官にいわれ、弁護人がその言葉を被告人に伝えた。

判旨:本件のように、被疑者が、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である。

(もっとも、自白を除いても優に犯罪事実を認定できるとして有罪判決を維持)

コメント:不任意自白排除の根拠として、@任意性説(虚偽排除・黙秘権保障)、A違法排除説、B重大違法排除説がある。文言どおり、任意性説が妥当なのではなかろうか。Aの違法排除説は、あまりに証拠排除の範囲が広くなりすぎて、ナンセンスだと思う(どんなに重大な犯罪を行った者でも、そして、どんなに軽微な違法しかない場合であっても、自白調書が一律に排除されるというのは、素朴な正義感情に反する)。任意性説に立たないなら、Bの重大違法排除説が妥当と思う。

 

80 偽計による自白 東京地判昭和62年12月16日

31日夜の取調べも午後6時10分ころから開始され、その取調方法は前同様であつたが激しさを増し、午後九時過ぎになると、警察官は「この靴はお前のだろ。」などと言つて被告人に本件デッキシューズをめて示し、これに対して被告人がこのような靴は知らない旨述べると、警察官は口々に「お前のだ。」と大声で怒鳴つたり、前記係長を含めた警察官が指で被告人の頭を小突くなどしたこと、そして、右係長においては被告人に対し「今の発達した科学では、人間の分泌物から、その細かく枝分かれした血液型を知ることができ、指紋と同様、同じ分泌物の人間は1億人に1人しかいないが、その(本件デッキシューズの意)分泌物がお前のと一致した。」趣旨のことを申し向けたところ、被告人としては、同日昼ころ右係長から自己の唾液の任意提出を求められ、その時は格別意に止めずにこれに応じていたところ、前記の言辞を言われるに及んでもはや何を言つても無駄であるとの思いから抵抗の気力を失い、絶望の余り頭を机に打ちつけるなどしたり、号泣した末、本件の犯人はおはお前かという問いに概括的にこれを認めてしまい、警察官が右の結論だけ記載しただけのようなごく短かい自白調書を作成するとこれに署名指印し、さらに言われるまま、ほぼ同旨にしてこれに任意性をあたかも担保するが如き内容をつけ加えた上申書を自ら作成した…右のうち、前記盗犯第三係長が被告人に対し前記のような強い心理的強制を与える性質の分泌物検出云々のあざとい虚言を述べて自白を引き出した点のみで既に許されざる偽計を用いたものとして、その影響下になされた被告人の自白調書等はすべてその任意性を肯定できないと解すべきところ、加えるに、その余の既述の苛烈な取調方法をも併せ考えると、とうていその任意性などはこれを認めることはできないのである。

コメント:偽計とは、捜査官が虚偽の事実を告げて、被疑者・被告人を錯誤に陥れ、自白をするようにしむける行為をいう。

 

81 黙秘権等の不告知と自白の任意性 浦和地判平成3年3月25日

(1)被疑者の取調べは、取調室という密室内で行われるので、その状況を知るものは、原則として、当該被疑者と取調官及びその補助者以外にはいない。従って、かりに密室内で違法・不当な取調べが行われたとしても、もし捜査官側が、口を合わせてこれを否定する供述をする限り、被告人が自らの供述のみによって、違法・不当な取調べの存在を立証することは、容易なことではない。しかし、このように、被告人側を、ほとんど防禦の方法を与えないに等しい状況のもとに置きながら、その供述が捜査官の供述と抵触し他にこれを支えるべき証拠がないというだけの理由により、これを排斥するのは相当でない。このような事実認定の方法が許されることになると、密室内において行われた不正義(違法・不当な取調べ)を被告人側が自白のもとにさらすことができないまま、無実の被告人が不当に処罰されるという事態の発生を防止し得ないと思われるからである。近時、そのような問題意識に基づき、「捜査の可視化」が提唱され、少なくとも、被疑者の取調べ時間等については、留置人出入簿等の簿冊類により比較的容易に把握し得るようになったが、それ以上の可視化(例えば、取調べ状況のテープ録音、弁護人の立会の許可等)の提案は、捜査官側に容易に受け容れられそうもない。そこで、現状においては、従前どおり、取調べ状況に関する被告人及び取調官の各供述を対比し、その信用性を比較的検討するほかないのであるが、もともと、自白の任意性については、これに疑いがないことについても、訴追側が立証責任を負担しているのに、捜査官において、取調べが適正に行われたことを客観的に明らかにすべき可視化の方策を講じていないことなどにかんがみ、右各供述の信用性の比較検討は、特に慎重、かつ、厳密に行う必要がある。

(2)警察官の面前の自白の任意性

@黙秘権の告知の欠如については、黙秘権を告知しなかったからといって、直ちに自白の任意性を疑うべきではなく、特に、被告人が、既に刑事裁判の経験を二度も有し、被疑者に黙秘権があることを知悉していたとみられる本件では、右告知の欠如は、供述の任意性に影響せず、また、被告人に対し、9月2日には、検察官及び裁判官から黙秘権告知が適切に行われているのであるから、少なくとも、同日以降に作成された員面については、黙秘権不告知が供述の任意性に影響することはあり得ないとも考えられる。確かに、黙秘権の告知がなかったからといって、そのことから直ちに、その後の被疑者の供述の全ての任意性が否定されることにはならないが、被疑者の黙秘権は、憲法38条1項に由来する刑事訴訟法上の基本的、かつ、重要な権利であるから(同法198条2項)、これを無視するような取調べが許されないことも当然である。そして、刑訴法は、捜査官による被疑者の取調べの必要と被疑者の右権利の保障の調和を図るため(すなわち、取調べによる心理的圧迫から被疑者を解放するとともに、取調官に対しても、これによって、取調べが行きすぎにならないよう自省・自戒させるため)、黙秘権告知を取調官に義務づけたのであって、一般に、右告知が取調べの機会を異にする毎に必要であると解されているのは、そのためである。従って、本件におけるように、警察官による黙秘権告知が、取調べ期間中一度もされなかったと疑われる事案においては、右黙秘権不告知の事実は、取調べにあたる警察官に、被疑者の黙秘権を尊重しよとする基本的態度がなかったことを象徴するものとして、また、黙秘権告知を受けることによる被疑者の心理的圧迫の解放がなかったことを推認させる事情として、供述の任意性判断に重大な影響を及ぼすものといわなければならず、右のような観点からすれば、本件において、被告人が、検察官や裁判官からは黙秘権の告知を受けていることとか、これまでに刑事裁判を受けた経験があり黙秘権の存在を知っていたと認められることなどは、右の結論にさして重大な影響を与えないというべきである。

A弁護人選任権の不告知については、被告人の供述に現れたHの言によっても、不十分ながら弁護人選任権の告知がされたとみるべきであるということのほか、黙秘権の場合と同様、被告人が右権利を知悉していたこと及び検察官による右権利の告知による瑕疵の治癒などが反論として主張され得ると思われる。しかし、被疑者の弁護人選任権は、刑訴法30条に基づく、やはり基本的、かつ、極めて重要な権利であり、特に、身柄拘束中の被疑者のそれは、憲法34条によって保障された憲法上の権利でもあって、最大限に尊重されなければならない。そして、刑訴法は、身柄拘束中の被疑者の弁護人選任権の右のような重要性にかんがみ、捜査官が被疑者を逮捕したり逮捕した被疑者を受け取ったときなどには、その都度必ず被疑者に弁護人選任権がある旨を告知させることとし(203条1項、204条1項)、更に、特定の弁護士を知らない被疑者に対しては、弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることをも認めるとともに、右申出を受けた捜査機関に対し、弁護士会への通知義務をも定めるなどして(209条、78条)、被疑者の右権利行使に万一の支障の生じないように配慮しているのである。従って、右権利の告知は、当然のことながら、明確に、かつ、わかり易い表現でされなければならず、いやしくも、被疑者に右権利行使を躊躇させるようなニュアンスを感じさせるものであってはならない。そのような観点からみる限り、Hが被告人に告げたとされる「弁護士は必要ないな。」「いらないな。」などという言葉が、弁護人選任権告知の意味を持ち得ないことは明らかであろう。また、捜査官による右権利の不告知は、黙秘権不告知の場合と同様、当該捜査官に被疑者の弁護人選任権を尊重しようという気持がなかったことを推認させる。そして、本件においては、現実にも、被告人の弁護人選任の動きを積極的に妨害するような(又は、そう思われても仕方のない)不当な言動があった疑いのあることは、前記(四1(5)、6)のとおりである。このようにみてくると、被告人に対し、検察官や裁判官からは弁護人選任権の告知があったこと及び被告人が右権利の存在を現に知っていたことを考慮しても、Hら警察官の右権利不告知及びその後の言動は、被告人の警察官に対する供述の任意性を疑わせる重大な事由であるというべきである。

B被告人の供述に現れたHやGらの言動の中には、「お前が否認するんだったら、お母さんをこっちまで呼んで調書を取る。」「お前が認めるんだったら、お母さんも大変だから向うに行って調書取るけど。」「認めないんだったら、近所、私の周りの人に、調べて歩く。」「親がかわいそうだろう。」のように、明らかに被告人に対する脅迫とみられるものもある上(被告人が、母親の信頼を裏切る結果となったことを心苦しく思っていたことは容易に推察されるから、そのような被告人にとって、母親が更に上尾署まで呼び出されて取り調べを受けるという事態は、かなりの心理的重圧であったと思われるし、更に、近所の人の取調をも行われるということは、堪え難いことであったであろう。)、「母親が認めろと言っている。」「いわきに帰って来たら再逮捕があるから、こっち(上尾市)で全部終らせて、上尾署から刑務所に行かせてくれというようなことを母親が言っている。」「母親は、私(被告人)がいなくても、一家だんらん夕食をおいしく食べている。」などと言って自白を迫ったの母親の言を伝えるものは、偽計にあたる疑いが強い。その他、否認するな。」「否認するんだったら面倒見ない。」「今回は検事が怒っているからよく謝れ。」「今回は、五月の件も起訴する。」「どうせこの件で否認しても、前の尿から出ているから、それで起訴するから。」「どっちみち、今度は二つを起訴されて重くなる。」「否認したら重くなる。」「どんなにしても実刑だ。」「認めれば一年位ですむ。」「どっちみち起訴されるから認めろ。」「検事さんも、認めれば一年位で済ましてくれると言っている。」のその余の一連の言動は、それが文言どおりの意味では、直ちに脅迫、偽計にあたらないとしても、被疑者を不当に落胆させ、また、事実を認めれば本当に刑を軽くしてもらえるのではないかと思い込ませる効果を有する、甚だ適切を欠くものであったといわなければならず、前記脅迫、偽計とみられるしょうよう行為とあいまち、供述の任意性に重大な影響を及ぼすというべきである。

C以上のような事実のもとになされた本件の自白には、任意性に疑いがある <詳細な事案についてはSee付録>

(3)検察権の面前の自白の任意性 【反復自白】

1 一般に、被疑者の警察官に対する供述調書の任意性に疑いがあるときは、検察官において、被疑者に対する警察官の取調べの影響を遮断するための特段の措置を講じ、右影響が遮断されたと認められない限り、その後に作成された検察官に対する供述調書の任意性にも、原則として疑いをさしはさむべきである。なぜなら、一般の被疑者にとっては、警察官と検察官の区別及びその相互の関係を明確に理解することは難しく、むしろ両者は一体のものと考えるのが通常であり(本件被告人は、これまでの経験により、両者の関係を一応理解していたとみられるのに、検察官の態度から、両者は「つるんでいる」と考えたという。)、特に、被疑者が、検察官への送致の前後を通じ、起訴前の身柄拘束の全期間中、代用監獄である警察の留置場に身柄を拘束されている本件のような事案においては、単に取調べの主体が警察官から検察官に交代したというだけでは、警察官の取調べによって被疑者の心理に植えつけられた影響が払拭されるとは考えられず、右影響を排除するためには、検察官による特段の措置(例えば、被疑者の訴えを手がかりに調査を遂げて、警察官による違法・不当な言動を発見し、警察官に対し厳重な注意を与えるとともに、身柄を拘置所へ移監するなどした上で、被疑者に対し、今後は、そのような違法が行われ得ない旨告げてその旨確信させ、自由な気持で供述できるような環境を整備することなど)が必要であると考えられるからである。

2 そこで、右の見解のもとに、本件におけるM検事の取調べの態度・方法について検討するのに、まず、同検事は、警察段階と異なり、被告人に対し、黙秘権及び弁護人選任権は、これを告知したと認められるが、右は、法律上要求される当然の義務を尽くしたというにすぎず、これだけでは、前記の意味における特段の措置を講じたことにならないのは、当然のことである。そして、同検事は、その取調べを行った当時、警察官が前記のような違法・不当な言動に出ていることに気付いておらず、これを是正すべき措置を何ら講じていないのであるから、そのことだけから考えても、被告人の検察官に対する本件各供述調書の任意性を肯定することは困難であるといわなければならない。

3 のみならず、被告人の供述によると、同検事は、警察の調書をめくりながら取り調べ、被告人が事実がちがうと訴えても、「いいから、いいから、そうむきにならないで。」などといって、まともに取り合ってくれなかったとされている。もっとも、右の点につき、同検事は、これを否定するとともに、むしろ、警察の調書は予めメモを取り、これを頭に入れておいた上で、右調書を離れて、被告人に事実関係を順次確認しては、その都度調書にまとめていったものであり、「警察で何か不満とか、殴られたり蹴られたりとか、調べが強かったということはないか。」とも聞いている旨証言している。当裁判所は、かりに同検事が、右のような取調べ方法をとったとしても、結局のところ、警察の違法を探知・是正することができなかった以上、検察官調書の任意性に関する結論に変りはないと考えるものであるが、同検事の右証言は、(1)前回(平成元年五月)の事件で、被告人の尿中から覚せい剤が検出されながら、結局、被告人を起訴に持ち込めなかった点で同検事が悔しい思いをしていた旨認めていること、(2)前回の事件を含む一連の捜査の経緯に照らし、同検事は、本件に関し被告人が虚偽の弁解を言い張っていると確信していた疑いが強いこと、(3)同検事は、せいぜい一、二時間以内の取調べ時間中、所用で中座したり電話で取調べを中断したことがたびたびあった旨認めており、取調べが落ち着いた雰囲気のもとに行われたものでなかったと認められるのに、右取調べにおいて作成された供述調書は、実質一六枚又は九枚というかなりの分量のものであること(4)九月八日付検面の冒頭には、被告人の警察段階の供述に変遷があるのに、「詳しいことは、刑事さんに話して調書に取ってもらったとおりです。」との記載があること、(5)取調べ状況に関する被告人の供述は、前記三記載のとおり、全体として、信用性が高いと認められることなどの諸点に照らし、これを全面的に信用することはできず、少なくとも、同検事の取調べ方法が、被告人の弁解に謙虚に耳を傾け、警察での取調べにおいて違法・不当な手段が用いられていないかどうかを真剣に聞き出そうとする態度に欠けるものであったことは、これ否定すべくもないと考えられる。

4 以上の理由により、被告人の検察官に対する各供述調書も、その任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定されるべきであると解する。

コメント黙秘権の告知を欠いても、それだけでは不任意自白とはいえないとするのが判例である。もっとも、自白法則の根拠について違法排除説に立つ場合には、黙秘権告知(198条2項)の規定に反し違法なのだから、自白はそれだけで排除されるべきということになる。従って、判例が違法排除説に立たないことは明白である。もっとも、黙秘権の不告知は、他の事情とあいまって、不任意を推測させる重大な事情の一つである(任意性説)。

 

cf.公判廷における黙秘権の告知

法291条2項(冒頭手続き)。なお、告知しなかった場合にも憲法38条には反しない(最判昭和24年2月9日)

cf.公判廷における弁護人選任権の告知

法272条(公訴の提起直後)

cf.捜査段階における黙秘権の告知

法198条2項(取調時)

cf.身柄拘束時における弁護人依頼権の告知

法203条・204条(逮捕直後)、77条1項・207条(勾留直後。但し、逮捕に引き続き勾留する場合を除く)

cf.犯罪事実の要旨の告知

法203条・204条(逮捕直後)、61条・207条(勾留質問の時)

 

関連:反復自白 ※日石土田事件一審 東京地判昭和56年11月18日

以上のようにこの時期の自白にも任意性に疑いがあるとすると、捜査官がある被疑者を取り調べて追及中、一度任意性に疑いのある状態で自白を得た場合には、それがいつまでも尾を引き、令状を得て取り調べても、もはや自白の証拠能力を回復することはできないのか、という疑問が提出されるかも知れない。

 原則的にはそのとおりであつて、自白の任意性に疑いがあるかどうかは、基本的には被疑者の自白する心理状態という事実によつて判断されなければならないものであり、いわば一度歪められた心理状態自体はその後令状が出たとしてももとに戻るものではないからである。それゆえ、被疑者の取調べを指揮し、統括する上層部の司法警察員、さらには捜査を指揮するとともにみずからも被疑者の取り調べを行う立場にある検察官は、つねに司法警察職員による被疑者取調べの状況に注意し、自白の任意性に疑いを招くことのないように指導するとともに、一度そのような疑いを招きかねない状態が生じたと判断したならば、その時期において直ちに指導してそのような状態を除去するとともに、いわば歪められた被疑者の心理状態の回復に適切な措置を講じなければならないものである。

 

82 違法な身柄拘束中の自白 福岡高判那覇支部判決昭和49年5月13日

(1) 本件現行犯人逮捕は適法であるということはできないというべきである。

(2) つぎに、右現行犯逮捕による身柄拘束中になされた被告人の供述の証拠能力について審案すると、原審記録によれば、被告人は取締官に対し自由意思で述べたことが明認でき、したがって、被告人の供述には十分に任意性があるもとの認められるので、右供述が違法な身柄拘束中にされたものとして証拠としての許容性がないというべきかどうかについて判断することとする。

 思うに、憲法33条および34条が基本的人権として何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されないこと、何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されないこと、および何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されることを定め、またこれを承けて刑事訴訟法上に身柄の拘束に関しては、いわゆる令状主義をはじめとする詳細、かつ、厳格な手続的規定が設けられている趣旨にかんがみれば、捜査官が違法な身柄の拘束を意図的に利用したと認められるとき、身柄拘束の要件がないことが一見明白であるときのように身柄の拘束の違法性が著しく、右の憲法およびこれを承けた刑事訴訟法上の規定の精神を全く没却するに至るほどに重大であると認められる場合には、その身柄拘束中の供述がたとえ任意になされたとしても、その供述の証拠としての許容性を否定すべきものと解するのが相当であるが、その違法が右の程度に至らない瑕疵に止まる場合においては、その供述の証拠としての許容性は違法拘束中になされたことの一事をもって直ちに否定されるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前掲各証拠によれば本件現行犯逮捕の際不公正な行為をしたのは麻薬取締官ではなく、米軍捜査官であり、刑事訴訟法上は米軍捜査官は私人と同視されるものであるから日本の捜査官に不公正な行為があったものとはいえないし、日本の捜査官にとっては、前示のとおり被告人(当時は被疑者)が財布の中にヘロインを所持していたものと判断したこともうなずけないわけではない情況にあったものということができ、したがって、当時の情況下では本件逮捕も適法な現行犯逮捕と限界線に立つものであること、被告人は逮捕現場ではそのヘロインが自分の所持にかかるものではないと弁解していないこと、前示楠取締官は被告人が現に罪を行なっていたものであると信じていたことがうかがわれ、本件現行犯人の逮捕の違法性は、右の憲法およびこれを承けた刑事訴訟法上の規定の精神を全く没却するに至るほどに重大なものとまではいえないから、本件現行犯逮捕に伴う身柄拘束中になされた被告人の供述は証拠としての許容性を否定されないものというべきである。

コメント:直接違法な行為を行ったのは、アメリカの(薬物)捜査官であり、日本の捜査官の違法は軽微であった。

小木曽:最高裁における違法排除原則は、捜査官の違法捜査の抑止の観点から主として捉えられているようである。そして、本件の場合、証拠を排除しても、外国人捜査官による違法捜査を抑止する効果は認められないために、証拠排除すべきでないとの判断がされたのだ、という理解が可能である。

 

83 接見制限と自白 最高裁平成元年1月23日

事案See教材419頁

判旨:原判決の認定によれば、昭和41年12月2日当時、同被告人に対しては詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していたが、同日は、担当検察官が余罪である贈収賄の事実を取り調べていたところ、同被告人は、午後4時25分から4時45分まで弁護人Pと接見した直後ころ、右贈収賄の事実を自白するに至ったものであり、また、同日以前には、11月30日に弁護人Qと同Pが、12月1日に弁護人Rと同Kがそれぞれ同被告人と接見していたというのである。他方、記録によれば、K弁護人は、12月2日午後4時30分ころ同被告人との接見を求めたところ、担当検察官が取調中であることを理由にそれを拒んだため接見できず、その後同日午後8時58分から50分間同被告人と接見したことが認められるものの、前記のように、右自白はP弁護人が接見した直後になされたものであるうえ、同日以前には弁護人4名が相前後して同被告人と接見し、K弁護人も前日に接見していたのであるから、接見交通権の制限を含めて検討しても、右自白の任意性に疑いがないとした原判断は相当と認められる。

K弁護人は、贈収賄事件の弁護人。贈収賄事件については身柄拘束がないのだから、贈収賄事件について取調べ中であることを理由とする接見指定は違法な接見指定であった。

コメント:違法排除説からは、自白は証拠排除されるべきである。一方、任意性説又は重大違法排除説に立つ判例・実務の立場からは、証拠能力は排除されないことになる。

 

84 不任意自白に基づいて発見された証拠物 大阪高判昭和52年6月28日

 不任意の自白に基づいて発見押収された証拠物に関する書証について、いわゆる「毒樹の果実」排除の理論ないしはこれと共通する思考方法のもとに、その証拠能力を認め難いとするので、以下この点につき検討する。…

本件において「毒樹の果実」が問題となつているのは、不任意自白に由来して得られた派生的第二次証拠であるが、派生的第二次証拠の収集手続自体にはなんら違法はなく、それ自体を独立してみる時なんら証拠使用を禁止すべき理由はなく、ただ、そのソースが不任意自白にあることから不任意自白の排除効を派生的第二次証拠にまで及ぼさるべきかが問題となるのである。そこでまず第一に「不任意自白なかりせば派生的第二次証拠なかりし」という条件的関係がありさえすればその証拠は排除されるという考え方は広きにすぎるのであつて、自白採取の違法が当該自白を証拠排除させるだけでなく、派生的第二次証拠をも証拠排除へ導くほどの重大なものか否かが問われねばならない。違法に採取された自白の排除の中には、(1)憲法38条2項、刑事訴訟法319条1項の「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白」のように虚偽排除の思想を背景に持ちつつも、むしろ人権擁護の見地から人権侵害を手段として採取された自白の証拠使用が禁止されるもの、(2)刑事訴訟法319条1項の「その他任意にされたものでない疑のある自白」のように、約束、偽計など主として虚偽排除の見地から虚偽の自白を招くおそれのある手段によつて採取された自白の使用が禁止されるもの、(3)憲法31条の適正手続の保障による見地から自白採取の手続過程に違法がある自白の証拠使用の禁止が問題とされるもの、例えば他事件による勾留の違法な利用、黙秘権の告知・調書の読み聞けの欠如等がある。そこで考えると、自白獲得手段が、拷問、暴行、脅迫等乱暴で人権侵害の程度が大きければ大きいほど、その違法性は大きく、それに基づいて得られた自白が排除されるべき要請は強く働くし、その結果その趣旨を徹底させる必要性から不任意自白のみならずそれに由来する派生的第二次証拠も排除されねばならない。これに対して、自白獲得手段の違法性が直接的人権侵害を伴うなどの乱暴な方法によるものではなく、虚偽自白を招来するおそれがある手段や、適正手続の保障に違反する手段によつて自白が採取された場合には、それにより得られた自白が排除されれば、これらの違法な自白獲得手段を抑止しようという要求は一応満たされると解され、それ以上派生的第二次証拠までもあらゆる他の社会的利益を犠牲にしてでもすべて排除効を及ぼさせるべきかは問題である。刑事訴訟法1条は、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的とする。」と規定し、犯罪の解明、真実発見と人権あるいは適正手続の保障との調和を十分考慮に入れる必要があることを明らかにしている。この場合の虚偽自白を招くおそれのある手段や、適正手続の保障に違反して採取された不任意自白に基因する派生的第次証拠については、犯罪事実の解明という公共の利益と比較衡量のうえ、排除効を及ぼさせる範囲を定めるのが相当と考えられ、派生的第二次証拠が重大な法益を侵害するような重大な犯罪行為の解明にとつて必要不可欠な証拠である場合には、これに対しては証拠排除の波及効は及ばないと解するのが相当である。もとより、この場合にあつても、当初から、計画的に右違法手段により採取した自白を犠牲にしても、その自白に基づく派生的第二次証拠の獲得を狙いとして右違法な手段により自白採取行為に出たというような特段の事情がある場合には、その自白採取手段の違法性は派生的第二次証拠にまで証拠排除の波及効を及ぼさせるものとなるであろう。けだし、さもなくばこれらの違法な自白獲得手段を抑止しようという要求は、右の実利の前に、実のあるものとはならなくなるからである。

これを本件についてみるに<See付録>

 

コメント(1)不任意自白を三類型に分けるが、排除の原因に基づいて分類するのは相当とは思われない。むしろ、@自白収集手続きにおける違法の重大性とA証拠との密接関連性の程度、が基準とされるべきである。

(2)また、公判廷の自白があったことにより、捜査過程における違法な自白から派生して発見された証拠が証拠能力を回復するといっているが<See付録>、公判廷における自白が、捜査過程における自白から独立したものとは評価できないので、かかるあてはめにも、疑問を感じる(おそらく独立入手源ということをいいたいのであろうが、独立入手源とは到底いえない)。

 

85 自白の信用性 最判昭和57年1月28日

 被告人の自白は、本件犯行及びその前後の状況を、一応詳細かつ具体的に述べるものであり、原判決が指摘するとおり、その述ベるところには、犯行現場の状況等客観的な事実と符号する部分も少なくなく、一見その信用性を肯定してよいようにも思われる。

 しかしながら、記録上明らかな諸般の客観的事実等と対比しつつ、自白内容をさらに詳しく検討すると、@その中には、あらかじめ捜査官の知りえなかった事項で捜査の結果客観的事実であると確認されたというもの(いわゆる「秘密の暴露」に相当するもの)は見当らず、…A被告人の自白については、これが真実であれば当然その裏付けが得られて然るべきであると思われる事項に関し、客観的な証拠による裏付けが欠けている。B被告人の自白からは、本件犯行の真犯人であれば容易に説明することができ、また、言及するのが当然と思われるような、証拠上明白な事実についての説明が欠落している。C被告人の自白には、不自然・不合理で常識上にわかに首肯し難い点が数多く認められる<深い傷を負ったので、ちり紙でおさえて出血をとめ、帰り際に棄てたというのであるが、ちり紙でとめられる浅さの傷とは認められない>。

コメント:とばしてよい。

 

86 補強証拠 最判昭和42年12月21日 免許を受けていなかった事実

無免許運転の罪においては、運転行為のみならず、運転免許を受けていなかったという事実についても、被告人の自白の他に、補強証拠の存在することを要するものといわなければならない。

コメント:補強証拠が要求される範囲が問題となる。

この点、判例の実質説と学説の罪体説が対立する。ここに、罪体とは、犯罪事実の客観的部分をいう。その範囲については、争いがあるが、一般的には、@犯罪行為の結果が生じていること、Aそれが何者かの行為によって生じたこと、Bそれが被告人の行為によるものであること、の三つのうち、@とAについて補強が必要とする説が最も有力である。Bまで、補強証拠を要求することは実際的でないからである。

 

最判25年10月10日

「なお、自白を補強すべき証拠は必ずしも自白にかかる犯罪事実の全部にわたって洩れなくこれを裏付けるものであることを必要とせず、自白にかかる事実の真実性を保障し得るものであれば足る」

 

関連:補強証拠の証明力

自白とは独立して、罪体を一応証明できる程度の証明力が必要とされる。(一方、判例は自白の真実性を担保しうる程度で足りるとする立場に立つといわれる)

 

関連:補強証拠の証拠適格

@証拠能力を有するだけでなく、A自白から独立していることが必要である、とされる。

 

87 共犯者の自白 最判昭和51年10月28日

弁護人は、憲法38条3項違反を主張するが、当裁判所大法廷判決(昭和23年年7月14日、昭和23年年7月19日、昭和33年5月28日)の趣旨に徴すると、共犯者2名以上の自白によって被告人を有罪と認定しても憲法38条3項に違反しないことが明らかであるから、共犯者3名の自白によって本件の被告人を有罪と認定したことは、違憲ではない。のみならず、原判決がその基礎とした第1審判決の証拠の標目によると、共犯者らの自白のみによって被告人の犯罪事実を認定したものでないことも、明らかである。

 

裁判官岸盛一、同岸上康夫の補足意見は、次のとおりである。

 共犯者の自白が憲法38条3項にいう「本人の自白」に含まれないと解すべきことに

ついては、当裁判所の昭和51年2月19日第1小法廷判決の多数意見において述べたとおりであって、その見解は今日においても改める必要を認めない。そして、この見解によるときは、被告人の自白がなく、共犯者1名の自白しかない場合であっても、被告人を有罪とすることが許されるのであるから、本件のように、被告人の自白がなく、共犯者2名以上の自白がある場合には、右の共犯者らの自白を証拠として被告人を有罪としても、憲法38条3項に違反するものでないことは、いうまでもない。

 そもそも憲法38条3項が「本人の自白」を唯一の証拠として有罪とすることを禁止し、補強証拠の存在を必要としているのは、自白の偏重により誤判を招くことを防止する趣旨なのであるから、本人とは独立した共犯者の自白があって、それにより本人の自白の信用性が認められるならば、本人を有罪としても、憲法の趣旨にすこしも反するものではない。共犯者の自白が相互に補強証拠となりうるのは、この意味において、むしろ当然のことなのである。

 共犯者の自白のみによって被告人を有罪とすることを認めず、補強証拠の存在を必要としている外国法制もあるが、それは、憲法38条3項の趣旨とは異なり、共犯者による無実の他人の巻きこみを防止することに主眼があるのであるから、そのような法制のもとでは、たとえ2名以上の共犯者の自白があるときでも、右の危険を排除することのできるような独立の補強証拠がない限り、被告人を有罪とすることが許されないと解するのが、自然な帰結であろう。しかし、右のような法制のもとにおける法理を憲法38条3項の解釈に持ち込むことは、その本来の趣旨にそわないばかりでなく、自白した共犯者らは相互に自白が補強されて有罪とされるのに、被告人は自白していないため処罰を免れるという不均衡をもたらすことともなり、妥当ではない。われわれが、共犯者の自白は「本人の自白」に含まれないとする従来の当裁判所の判例の立場をとりながら、自由心証主義の合理的な運用により誤りのない事実認定を期するという解釈方法を選ぶのも、このような点を考慮したからにほかならないのである。

練馬事件判決団藤意見は付録>

コメント:補強法則は、自白の偏重による誤判の防止にあるところ、共同被告人の自白については過大評価されるということは見られず、また共同被告人に対しては弁論を分離するなどして反対尋問を行い、誤りを正すことも可能なのである。

確かに、共同被告人の場合、ひっぱりこみの危険による誤判の危険性はあるが、この問題は、補強証拠を要求することによって解決される性質のものではない。(なぜなら、ひっぱりこみの危険において問題となるのは、犯人と被告人が同一人物であるのかということであるが、通説は、この点について補強証拠を要求していないからである。)

 引っ張り込みの危険については、自由心証主義の合理的な運用により、誤りのない事実認定を期するという方法によって対処していくべきであり、被告人の自白に準じて補強証拠を要求するという方法によるべきものではない。

 

関連:相被告人<共同被告人>も321条1項の「被告人以外の者」に含まれる 最判昭和28年6月19日

(1)共同被告人の検察官に対する供述調書は被告人の関係においては刑訴321条1項2号に該当し得る書面であって、被告人以外の者の供述を録取した書面にあたるものである。

(2)共同被告人の麻薬司法警察官(麻薬統制主事)に対する供述調書は、被告人との関係においては、刑事訴訟法321条1項3号にいわゆる被告人以外の者の供述を録取した書面に該当する。

コメント:伝聞法則との関係では、反対尋問がポイントであるところ、相被告人<共同被告人>に対しては(弁論を分離する等して)反対尋問ができるのであり、被告人自身と同視することはできない。

 

関連:最判昭和35年9月9日 弁論を分離して共犯者を証人尋問することの可否、これを供述者との関係で証拠とすることの可否

所論は原判決の憲法38条1項違反を主張する。同規定が、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞れのある事項について供述を強要されないことを保障したものであることは昭和32年2月20日大法廷判決に示されているとおりであるところ、共同被告人を分離して証人として尋問しても、同証人は自己に不利益な供述を拒むことができ、これを強要されるものでないこと(昭和29年6月3日第1小法廷決定参照)および共同被告人でも事件が分離された後、他の共同被告人の証人として証言することは差支えなく、また他の事件の証人としての証言が自己の犯罪に対しても証拠となること(昭和31年12月13日第1小法廷決定参照-理由は「いうまでもない」)もまた当裁判所の判例とするところであるから、所論違憲の主張は採用できない。

 

※最判昭和35年7月26日 冒頭手続きにおける相被告人の供述と321条の「相反供述」

◆刑事訴訟法291条2項の冒頭手続において、共同被告人が、公訴事実につき前に検察官に対してなした供述と相反するか若しくは実質的に異なつた陳述をし、その後の手続段階においても依然これを維持している場合には、たとえその共同被告人が証拠調の段階においては何らの供述をしておらなくとも、刑事訴訟法321条1項2号にいう「公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき」にあたると解するを相当とする。

 

※最判昭和32年1月22日 再伝聞

◆被告人甲の検察官に対する供述調書中に共同被告人乙からの伝聞の供述が含まれているときは、刑事訴訟法321条1項2号、同324条によりこれを被告人乙に対する証拠とすることができる。

 

※最高裁29年3月23日決定 相被告人と301条

301条は必ずしも犯罪事実に関する他のすべての証拠が取調べられた後という意味ではなく自白を補強しうる証拠が取調べられた後であれば足りるのであり(最決昭和26年6月1日)、共同被告人の検察官に対する供述調書は本件被告人との関係においては刑訴301条の「犯罪事実に関する他の証拠」に当るものと解すべきであるから本件においては所論の違法は認められない。

 

※最判昭和28年10月27日 相被告人の公判廷における供述の証拠能力

共犯者たる共同被告人の供述であるからといって全く証拠能力を欠くものではないことは当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである。(昭和24年5月18日大法廷判決、昭和26年6月29日第2小法廷判決参照)。被告人及び弁護人は刑訴311条3項により共同被告人に対し任意の供述を求めうる機会が与えられているのであって、所論は未だ共同被告人の公判廷における供述の証拠能力を当然に否定すべき事由となるものではない(昭和28年7月10日第2小法廷判決参照)。

コメント:相被告人の供述については、充分な反対質問が行われたときに限り、証拠能力を認めるべきとの見解もあるが、最高裁は、無条件に証拠能力を認める立場をとっている。

充分な反対質問が行われたかどうかの判断は、困難であること、また、反対質問に対して相被告人が黙秘するような場合は、その事情も考慮に入れて証明力が判断されるであろうことも考慮に入れれば、判例の立場にも合理性があるものと評価できる。

 

88 伝聞の意義 東京高判昭和58年1月27日

<省略>

小木曽:伝聞かどうかは、立証事実との関係で決まるということです。以上。

 

89 供述不能の意義 東京高判昭和63年11月10日

刑訴法321条1項2号前段が憲法37条2項に違反するものでないことは最高裁判所の判例の示すところであって(最高裁判所昭和27年4月9日大法廷判決)、憲法37条2項が被告人に反対尋問の機会を与えていない証人の供述又はその供述を録取した書面には絶対に証拠能力を認めることができないようにいう所論は採用の限りではなく、この点に関する原判決の説示は正当である。

また、刑訴法321条1項2号前段に「供述者の死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため」というのは証人として尋間することができない事由を例示したもので、右の供述不能の事由が供述者の意思にかかわらない場合に限定すべきいわれはなく、現にやむことを得ない事由があって、その供述者を裁判所において尋問することが妨げられる場合には、これがために被告人に反対尋問の機会を与え得ないとしてもなおその供述者の検面調書に証拠能力が付与されるものと解され、事実上の証言拒否にあっても、その供述拒否の決意が堅く、翻意して尋問に応ずることはないものと判断される場合には、当該の供述拒否が立証者側の証人との通謀或は証人に対する教唆等により作為的に行われたことを疑わせる事情がない以上、証拠能力を付与するに妨げないというべきである。

これを本件についてみるに、証人Y尋問調書には、前示のとおり宣誓等を拒否した理由について、裁判所の説得の過程で一部供述し、また検察官の説得の際もこれを供述した形跡が窺われるだけで、これが明示されておらず、原審証人湯浅勝喜の供述によると、検察官の取り調べ当時、Yはその所属していた党派組織からの報復を極度に恐れていたというので、これが1つの理由であろうと推測され、所論がいうような被告人に対する敵意によるものと窺われる状況はなく、また、検察官側が作為的に同人に宣誓等を拒否させたものとも認められない。また刑訴法321条1項2号前段の書面については、その供述を信用すべき特別の情況が存することがこれを証拠とするための積極的な要件とされていないことは条文上明らかである。したがって、証人の検察官の面前における供述情況及びその供述内容の真実性につき慎重な配慮を要することは当然として、前示のような証人の宣誓等の拒否を刑訴法321条1項2号前段の供述不能の事由に当たるとしても、Yの検面調書には信用性の情況的保障がないから証拠能力を付与しえないとの所論は採用できない。

 

コメント(1)供述不能は、例示である(学説も賛成)。ただ、死亡等に匹敵する場合に限るべきというのが、学説の多数。(判例は、比較的ゆるく考えており、強姦の被害者が法廷で泣き崩れた場合にも、供述不能にあたるという)。

(2)供述不能であっても、立証者との共謀等により供述不能が作為的に行われた場合には、手続き的正義の観点から、かかる証拠の証拠能力は否定されるべきである。

(3)321条1項2号前段については、特信情況は、文言上要求されていない。最高裁は、かかる文言を理由に、解釈上も不要とする。しかし、学説においては、憲法37条2項の反対尋問権の保障の趣旨を重く見て、特信情況を要求するべきであるという。さてどう考えるべきか。

私見としては、@供述不能で証拠採用の必要性が高く、かつ、検察官の面前で一応の信頼性はあると認められること、Aそして、このような事実を重視して立法者があえて特信情況を要求しなかったと考えられること(文言)から、特信情況がなくても、321条1項2号前段により証拠能力を認めてよいと考える。

 

※最高裁昭和58年6月30日決定 <公判廷での証人尋問後に検面調書を作成し、再度証人尋問>

◆すでに公判期日において証人として尋問された者を同一事項につき検察官が取り調べて作成した供述調書であつても、その後の公判準備若しくは公判期日において、その者が右供述調書の内容と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をした以上、刑事訴訟法321条1項2号にいう「前の供述」の要件を欠くものではない。

 

90 退去強制と検察官面前調書 最判平7年6月20日

1 所論にかんがみ、タイ国女性13名の検察官の面前における各供述を録取した書面(以下「本件検察官面前調書」という。)の証拠能力について職権により判断する。

 本件検察官面前調書は、検察官が、退去強制手続により大阪入国管理局に収容されていたタイ国女性13名(本件管理売春の事案で被告人らの下で就労していた者)を取り調べ、その供述を録取したもので、同女らはいずれもその後タイ国に強制送還されているところから、第1審において、刑訴法321条1項2号前段書面として証拠請求され、その証拠能力が肯定されて本件犯罪事実を認定する証拠とされたものである。

 2 同法321条1項2号前段は、検察官面前調書について、その供述者が国外にいるため公判準備又は公判期日に供述することができないときは、これを証拠とすることができると規定し、右規定に該当すれば、証拠能力を付与すべきものとしている。しかし、右規定が同法320条の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり、憲法37条2項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある

 3 本件の場合、供述者らが国外にいることになった事由は退去強制によるものであるところ、退去強制は出入国の公正な管理という行政目的を達成するために、入国管理当局が出入国管理および難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが、同じ国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん、裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。

 4 これを本件についてみるに,検察官において供述者らが強制送還され将来公判準備又は公判期日に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認められず、また、本件では、前記13名のタイ国女性と同時期に収容されていた同国女性1名(同じく被告人らの下で就労していた者)について、弁護人の証拠保全請求に基づき裁判官が証人尋問の決定をし、その尋問が行われているのであり、前記13名のタイ国女性のうち弁護人から証拠保全請求があった1名については、右請求時に既に強制送還されており、他の12名の女性については、証拠保全の請求がないまま強制送還されたというのであるから、本件検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められないのであって、これを事実認定の証拠とすることは

許容されないものとはいえない。

 5 したがって、本件検察官面前調書を刑訴法321条1項2号前段に該当する書面として、その証拠能力を認め、これを証拠として採用した第1審の措置を是認した原判断は、結論において正当である。

 

大野正男の補足意見は、次のとおりである。

1、本件の基本的問題は、出入国の公正な管理を目的とする入国管理当局による退去強制の執行と、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにすべき刑事裁判の要請とを、いかに調整するかにある。

 出入国管理の行政上の必要が常に優先することになれば、犯罪の証明に必要な外国人を行政処分によって退去強制した場合でも「国外にいる」ことを理由として、証拠法上の例外である伝聞供述を採用し、被告人の証人審問権が行使される機会を失わせることになり、手続的正義に反する結果になりかねない。しかし、他方、その外国人が被告人の証人審問権の対象となる可能性があるということを理由に不確定期間その者の収容を続けることも、当該外国人の人権はもとより、適正な出入国管理行政の見地からみても、妥当とはいえない。

 入国管理当局による出入国の公正な管理という行政上の義務と刑事裁判における公正の観念及び真相究明の要請との間に調整点を求めることが必要である。

2、法廷意見は、手続的正義、公正の観点から、検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用した場合はもちろん、裁判官又は裁判所が証人尋問の決定をしているにもかかわらず当該外国人が強制送還されてその証人尋問が不能となったような場合には、原則としてその者の検察官面前調書に証拠能力を認めるべきものでないとすることによって、出入国管理行政上の義務と刑事司法の要請に1つの調整点を示すものである。

3、もとより、被告人の証人審問権の保障の趣旨からすれば、右調整は必ずしも十分ではない。特に、被疑者に国選弁護人制度が法定されず、現実に被疑者に弁護人がつくのは1、2割にすぎないと推量される今日の現状よりすれば、証拠保全手続に頼ることは至難であろう。また、起訴後といえども、弁護人が速やかに検察官から証拠開示を受け、収容中の外国人につき証拠保全を請求することの要否を早急に判断することも決して容易ではない。

 検察官についても、犯罪の証明に欠くことのできない外国人について、その供述の信用性を確保するため、第1回公判期日前に証人尋問を行おうとしても、現行法制上、困難な問題がある。

 今日のように外国人の出入国が日常化し、これに伴って外国人の関係する刑事裁判が増加することを刑訴法は予見しておらず、刑訴法と出入国管理及び難民認定法には、これらの問題点について調整を図るような規定は置かれていない。このような法の不備は、基本的には速やかに立法により解決されるべきである。

 しかしながら、現に生じている刑事司法における困難を放置しておくことは許されず、裁判所、検察官、弁護人ら訴訟関係者の努力と相互の協力により、でき得る限り退去強制される外国人に対する証人尋問の機会をつくるなど、公正の観念に基づく真相究明を尽くしていくほかはないと考えるものである。

コメント:手続き的正義の要件は、いろいろと応用がききそう。

 

伝聞法則に関する関連判例

関連:裁判官面前調書 最決昭和57年12月17日 百選A25

 なお、刑訴法321条1項1号の「裁判官の面前における供述を録取した書面」には、被告人以外の者に対する事件の公判調書中同人の被告人としての供述を録取した部分を含むと解するのが相当である。

 

関連:検察官面前調書 最判昭和30年11月29日

百選A26 321条1項2号後段の合憲性

「憲法37条2項が、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であって、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味をふくむものではなく、従って、法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定したからといって、憲法37条2項に反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例が示すところであるから(最判昭和24年5月18日)、刑訴321条1項2号後段の規定が違憲でないことはおのずから明らかである。」

本件では、反対尋問の機会が充分に行われ、かつ、書面への同意もあるから、…証拠としたことに違法はない。

コメント321条1項2号後段につき、証人尋問が充分に行われた場合にのみ、この規定は合憲的に適用できるとの、理解も少数ながらあるようである。しかし、この見解は、条文にない要件を勝手にたすもので、最高裁がこのような立場をとるものとは到底考えられないというのが私の理解である。無条件に合憲としてよい。

 

関連:321条1項2号後段の特信情況の判断

最判昭和30年1月11日 百選A27

◆刑事訴訟法321条1項2号後段の調書の証拠調をその証人尋問期日の後の期日に行つたところで憲法37条2項に反しない。

◆同号但書にいわゆる「前の供述を信用すべき特別の情況」は必ずしも外部的な特別の事情によらなくても、その供述の内容自体によつて判断することができる。

 

関連:実況見分調書と321条3項

最判昭和35年9月8日 百選A28

「刑訴321条3項所定の書面には捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載したいわゆる実況見分調書も包含する…」

コメント:「従って、かかる実況見分調書は、たとえ被告人側においてこれを証拠とすることに同意しなくても、検証調書について刑訴321条3項に規定するところと同一の条件の下に、すなわち実況見分調書の作成者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、これを証拠とすることができる」(36.5.26)

 

関連:検証立会人の供述 最判昭和36年5月26日 百選A29

捜査機関は任意処分として検証(実況見分)を行うに当たり必要があると認めるときは、被疑者、被害者その他の者を立ち会わせ、これらの立会人をして実況見分の目的物その他必要な状態を任意に指示、説明させることができ、そうしてその指示、説明を該実況見分調書に記載することができるが、右の如く立会人の指示、説明を求めるのは、要するに、実況見分の一つの手段であるに過ぎず、被疑者及び被疑者以外の者を取り調べ、その供述を求めるのとは性質を異にし、従って、右立会人の指示、説明を実況見分調書に記載するのは結局実況見分の結果を記載するに外ならず、被疑者及び被疑者以外の者の供述としてこれを録取するのとは異なるのである。従って、立会人の指示説明として被疑者又は被疑者以外の者の供述を聴きこれを記載した実況見分調書には右供述をした立会人の署名押印を必要としないものと解すべく(最判昭和5年3月20日)…

たとえ立会人として被疑者又は被疑者以外の者の指示説明を聴き、その供述を記載した実況見分調書を一体として、即ち右供述部分をも含めて証拠に引用する場合においても、右は該指示説明に基く見分の結果を記載した実況見分調書を刑訴321条3項所定の書面として採証するに外ならず、立会人たる被疑者又は被疑者以外の者の供述記載自体を採証するわけではないから、更めてこれらの立会人を証人として公判期日に喚問し、被告人に尋問の機会を与えることを必要としないと解すべきである。

コメント:指示説明は、実況見分を補足するためのものとして認められているのだから、指示説明における証言の内容を、直接犯罪事実の認定のために証拠として用いるようなことはあってはならない。

 

関連:捜査機関の嘱託による鑑定受託者作成の鑑定書と321条4項 最判28年10月15日 百選A30

「捜査機関の嘱託に基く鑑定書(刑訴223条)には、裁判所が命じた鑑定人の作成した書面に関する刑訴321条4項を準用すべきものである。」

 

関連:最決昭和35年3月24日 現場録音テープ A32

署名押印がなくても、証拠とできる。伝聞供述ではない。

コメント:供述の録音でも、署名押印は不要と思われる。テープは供述を正確に再現するからである。

 

91 323条の書面 最高裁昭和61年3月3日決定

所論にかんがみ、本件QRY受信用紙(以下、「本件受信記録」という。)の謄本の証拠能力について検討すると、以下のとおりである。まず、本件受信記録の原本は、それ自体だけからでは刑訴法323条2号にいう「業務の通常の過程において作成された書面」であることが必ずしも明らかではないけれども、その作成者の証言等関係証拠をも併せて検討すると、「北海いかつり船団」所属の各漁船は、同船団の事前の取決めにより、洋上操業中、毎日定時に操業位置、操業状況、漁獲高等を暗号表等を用いて相互に無線電話で通信し合い、その通信内容を所定の受信用紙に記載することになっていたものであるところ、本件受信記録は、右船団所属の第21福聚丸の乗組員が、右取決めに従い、洋上操業中の同船内において、通信業務担当者として、他船の乗組員が通常の業務として発する定時通信を受信した都度その内容を所定の受信用紙に機械的に記入したものであることが認められるから、本件受信記録自体は、船団所属の漁船の操業位置等を認定するための証拠として、「業務の通常の過程において作成された書面」に該当すると認めるのが相当である。そして、本件受信記録の謄本は、司法警察員が他の被疑事件の証拠として、本件受信記録を石田鉄雄から押収し、その押収中に電子コピー機を使用して正確にこれを複写し、これに謄本である旨の認証文を付して作成したものであり、その後右原本が石田に還付され同人のもとで滅失したことが認められるから、

所論がいうように、たとえ検察官において後に本件で証拠調べを請求するに至るであろうことについての配慮を欠いて、右原本を前記他の事件についての略式命令が確定した後に石田に還付してしまったという事情があったとしても、本件受信記録の謄本の証拠能力が否定されるものではないと解すべきであり、これと同旨の原判断は相当である。

 

92 同意の擬制 最高裁昭和53年6月28日決定

 なお、所論にかんがみ職権により判断すると、刑訴法326条2項は、必ずしも被告人の同条1項の同意の意思が推定されることを根拠にこれを擬制しようというのではなく、被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において被告人及び弁護人又は代理人も出頭しないときは、裁判所は、その同意の有無を確かめるに由なく、訴訟の進行が著しく阻害されるので、これを防止するため、被告人の真意のいかんにかかわらず、特にその同意があったものとみなす趣旨に出た規定と解すべきであり、同法341条が、被告人において秩序維持のため退廷させられたときには、被告人自らの責において反対尋問権を喪失し(最高裁昭和29年2月25日第1小法廷判決参照)、この場合、被告人不在のまま当然判決の前提となるべき証拠調を含む審理を追行することができるとして、公判手続の円滑な進行を図ろうとしている法意を勘案すると、同法326条2項は、被告人が秩序維持のため退廷を命ぜられ同法341条により審理を進める場合においても適用されると解すべきである。

 

コメント326条2項の同意の擬制の規定の趣旨は、被告人の意思の推定にその根拠があるのではなく、審理の円滑をその趣旨とするもので、例外を認めないみなし規定である。

参照:326条2項

 

※最高裁昭和59年2月29日決定

「いわゆる伝聞ないし再伝聞証言について、異議の申立てがされることなく当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があったものとしてその証拠能力を認めるのが相当である。」

 

※最高裁昭和29年7月14日決定

◆刑事訴訟法326条1項但書の「相当と認めるときに限り」というのは、証拠とすることに同意のあつた書面または供述が任意性を欠きまたは証明力が著しく低い等の事由があれば証拠能力を取得しないとの趣旨である。

 

第三者の供述調書に同意後に、その第三者の証人尋問を要求することの可否

同意の意義に付き、反対尋問放棄説の立場からは許されないこととなる。(∵実質的な理由は、公判中心主義<43・282条・303条>に反すること)

証拠能力付与説からは、許される。(∵当事者の意思としては、証拠能力の付与のみを欲しているし、かかる同意を認めたとしても、公判中心主義に反するとまではいえない。どうせ同意しなくても、後から伝聞例外としてでてくるなら、事前に同意しておき、その書面をも参考にして証人尋問を行うほうが効果的な証人尋問ができる、と弁護人が考えるのも最高裁が広く伝聞例外を認めている現状においては、やむをえない面がある。かかる訴訟戦術を禁止するのは不当である)

 

93 証明力を争う証拠 東京高裁平成8年4月11日

「刑訴法328条により許容される証拠は、現に証明力を争おうとする供述をした者の当該供述とは矛盾する供述又はこれを記載した書面に限られると解すべき」

コメント:このように解しないと、伝聞証拠であっても、弾劾証拠の形をとることで無制限に法廷に提出できることとなりかねず、伝聞証拠を禁止し詳細な規定をおいた趣旨が失われてしまうから、判旨は妥当である。東京高判平成2・10・9も同じ趣旨。

 

※最判昭和43年10月25日 八海事件

「公判準備期日における証人岩井武雄の尋問終了後に作成された同人の検察官調書を、右証人の証言の証明力を争う証拠として採証した原判決の説示は、必ずしも刑訴法328条に違反するものではない」

コメント:公判中心主義の観点から問題があるとの批判がある。

 

cf.増強証拠は含まず(大阪高判平成2年10月9日)、回復証拠は含む(東京高判昭和54年2月7日)

 

「異なった」というのは、

 

94 再伝聞 最判昭和32年1月22日

◆公判期日に証人が証言を拒否したため刑事訴訟法321条1項2号によりその検察官に対する供述調書を証拠として取り調べた後、右証人が公判廷で真実を述べるといつているからとの理由で再度の尋問の請求があつても、裁判所は必ず右尋問請求を許容しなければ違法であるということはできない。

◆被告人甲の検察官に対する供述調書中に共同被告人乙からの伝聞の供述が含まれているときは、刑事訴訟法321条1項2号、同324条によりこれを被告人乙に対する証拠とすることができる。

◆右のように伝聞の供述を含む供述調書を証拠とすることは憲法37条2項によつて許されないものではない。

◆独立した犯罪事実でなく、犯行の謀議の一過程に属する事実について共同被告人中の1人の自白だけで認定しても、憲法38条3項に違反するものではない。

 

95 現場写真の証拠能力 最判昭和59年12月21日

犯行の状況等を撮影したいわゆる現場写真は、非供述証拠に属し、…必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない。

 

96 写し 東京高判昭和58年7月13日

(一)テレビ局のビデオテープないしこれを放映したテレビ映像の伝聞性

テレビフイルムないしはこれを放映したテレビ映像については、供述用書面の場合におけると同様、その収録内容(撮影対象)自体及びその収録、再生過程(撮影、現像、放映)のそれぞれにつき、伝聞証拠性の有無を検討すべきである。 

テレビフイルムの撮影対象は千差万別であつて、それが、口頭又は文書図画等による人の供述である場合と、非供述的な物、場所、事象(自然現象などのほか、人の動作、行動をも含む。)などである場合とが考えられる。本件テレビフイルムの場合、その撮影対象は後記のとおり明らかに非供述的な事象であるから(但し、字幕及び音声による説明部分を除く。これについては後述する。)、これが伝聞的要素を含むものでないことは言うまでもない。

次に、テレビフイルムへの収録、再生過程を検討すると、これらはすべて光学的、化学的原理に基づき機械的に処理されているのであつて、そこに人為的な操作ないし過誤を容れる余地はなく、伝聞的要素の含まれない非供述的過程と認めるのが相当である。所論(イ)は、撮影者及び編集者の主観的意図に基づく選択の介入を云々する。たしかに、長時間、広範囲に亘つて生起した一連の事象を細大洩らさず撮影し、これをすべて放映することは、テレビニユースの性格に照らし不可能に近く、

撮影対象の選択、撮影済みフイルムから放映すべき画面の選択、構成などに際し、撮影者及び編集者の主観的判断の働く余地

がないとは言えない。しかし、そのことと、放映された特定のテレビ映像の収録、再生過程に伝聞的、供述的要素が含まれないこととは、別個の次元に属することである。もし、長時間、広範囲に亘つて生起した一連の事象の一部の映像によつて、放映されなかつた部分を含む当該事象の全貌を立証しようとするのであれば(そのような立証趣旨は、当該映像の証明力の及ぶ範囲を逸脱するものである点は別論としても)、撮影、編集に際しての選択が適切になされたか否かをテストする必要があるものと言い得よう。しかし、放映された映像を、当該画面に映し出されている限りの事象の存在、態様等の立証に用いる限り(本件は、まさにその場合である。)映されている映像は現実の忠実な再現であり、その収録、再生過程の伝聞性は否定される。もとより、かかる映像といえども、特殊な効果を意図して画面に加工したり、ことさらに時間的順序を逆に編集したりする可能性が絶無であるとは言い難い。しかし、正確な報道を目的とするニユース番組においては、そのような可能性は一般に考えられないところであり、証拠調べの結果疑義を生じた場合に、撮影者又は編集者を喚問すれば足りることである(本件ビデオテープを精査しても、右のような疑義は生じない。)。

  以上のとおり、本件テレビフイルムないしはこれを放映したテレビ映像は、その撮影対象、収録、再生過程のいずれの面からしても、非供述証拠と解するのが相当であり、その撮影者又は編集者を証人として取り調べるまでもなく、要証事実との間に関連性を認め得る限り、その証拠能力を肯認して妨げないものである。

(二)写し一般の許容性の要件

写し一般を許容すべき基準としては、(a)原本が存在すること(さらに厳密に言えば、写しを作成し、原本と相違のないことを確認する時点で存在すれば足り、写しを証拠として申請する時点まで存在することは不可欠の要件ではない。テレビ映像の如きは、放映とともに消滅する。)、(b)写しが原本を忠実に再現したものであること(原本の完全な複製である必要はなく、立証事項との関連において、その必要な性状が忠実に再現されていれば足りる。)、(c)写しによつては再現し得ない原本の性状(たとえば、材質、凹凸、透し紋様の有無、重量など)が立証事項とされていないことを挙げることができる。以上に反し、(d)原本の提出が不可能又は著しく困難であることを、写しの許容性の基準に数える必要はない。蓋し、それは、最良証拠の法則ないしは写し提出の必要性の問題であるに過ぎないからである。

 

97 択一的認定 札幌高判昭和61年3月24日

(1)被告人は死亡していると誤信し、一般人から見ても凍死していると見られる状態だった。

(2)法医学的にも遺棄時には死んでいた可能性が極めて高い

(3)ところで、前記死亡推定時刻は、あくまでも死体解剖所見のみに基づく厳密な法医学的判断にとどまるから、刑事裁判における事実認定としては、同判断に加えて、行為時における具体的諸状況を総合し、社会通念と、被告人に対し死体遺棄罪という刑事責任を問い得るかどうかという法的観点をふまえて、誠子が死亡したと認定できるか否かを考察すべきである。本件において、仮に遺棄当時誠子がまだ死亡に至らず、生存していたとすると、被告人は、凍死に至る過程を進行中であつた同女を何ら手当てせずに寒冷の戸外に遺棄して死亡するに至らしめたことになり、同女の死期を早めたことは確実であると認められるところ、自ら惹起した不慮の事故により雪中に埋没させてしまつた同女を掘り出しながら、死亡したものと誤信し、直ちに医師による治療も受けさす等の救護措置を講ずることなく、右のように死期を早める行為に及ぶということは、刑法条後段の重過失致死罪に該当するものというべく、その法定刑は5年以下の懲役もしくは禁錮又は20万円以下の罰金であるから、被告人は、法定刑が3年以下の懲役である死体遺棄罪に比べ重い罪を犯したことになつて、より不利益な刑事責任に問われることになる。また、被告人の主観を離れて客観的側面からみると、誠子が生存していたとすれば、被告人は保護責任者遺棄罪を犯したことになるが、同罪も死体遺棄罪より法定刑が重い罪である。本件では、誠子は生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはないところ、重い罪に当たる生存事実が確定できないのであるから、軽い罪である死体遺棄罪の成否を判断するに際し死亡事実が存在するものとみることも合理的な事実認定として許されてよいものと思われる。

(4)以上より、遺棄行為時に被害者はすでに死亡していたものと認定するのが相当である。

 

コメント:異なる構成要件間の択一的認定については、合成された構成要件を作るものであり、罪刑法定主義の観点から是認できないなどの批判もある。

しかし、択一的認定を認めないのは、素朴な正義感情に反する。認めてよいのではないか。

なお、本判決は、択一的認定の事案としてひかれるが、択一的認定の事案ではないものと思われる。

 

東京高判平成10年6月8日 辰巳平14判例集-28

事案:覚せい剤の共同所持の事例。被告人が所持していたことについては争いがない。

結論:単独犯と共同正犯の択一的認定を否定。

∵共謀の事実の証明がないのに、共謀の事実を認定することになるから。

コメント:共謀の点について真偽不明なら、犯罪事実の証明がないものとして扱うべきであり、かかる場合には、単独正犯として取り扱うべきというのが本判決の立場。

 

東京高判平成4年10月14日

結論:単独犯と共同正犯の択一的認定を肯定

コメント:上の判例と逆の結論に立つ。

共謀の事実について真偽不明の時に、被告人に不利な単独正犯を認定しまうことに躊躇を覚えるなら、平成4年の立場がよいであろう。

一方、躊躇を覚えないなら、平成10年の立場に立つことになろう。

どちらに立つべきかは、神のみぞ知る。

 

98 量刑と余罪 東京高判平成3年10月29日

実質的に処罰する趣旨と考えられるとして、「訴訟手続きの法令違反」を認め、破棄自判。

 

※最判昭和41年7月13日

 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。

けだし、右のいわゆる余罪は、公訴事実として起訴されていない犯罪事実であるにかかわらず、右の趣旨でこれを認定考慮することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法31条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになるのみならず、刑訴法317条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法38条3項、刑訴法319条2項、3項の制約を免かれることとなるおそれがあり、さらにその余罪が後日起訴されないという保障は法律上ないのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法39条にも反することになるからである。

 しかし、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない(もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり、従ってその点の証拠調にあたっても、みだりに必要な限度を越えることのないよう注意しなければならない。)。このように量刑の一情状として余罪を考慮するのは、犯罪事実として余罪を認定して、これを処罰しようとするものではないから、これについて公訴の提起を必要とするものではない。余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。

 本件についてこれを見るに、原判決に「被告人が本件以前にも約6ヶ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによって得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示していることは、所論のとおりである。しかし、右判示は、余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較的詳細に判示しているなど、その他前後の判文とも併せ熟読するときは、右は本件起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮したものであって、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑したものではないと解するのが相当である。従って、所論違憲の主張は前提を欠き採るを得ない。

 

99 一事不再理効の範囲 高松高判昭59年1月24日

ところで、被告人には前記のとおり昭和56年10月22日言渡の確定判決が存し、右確定判決には本件起訴の窃盗行為とともに常習特殊窃盗の一罪を構成する窃盗行為が含まれており、しかも本件起訴の窃盗行為はいずれも確定判決前の行為である。そうすると、本件起訴事実については、一罪の一部につき既に確定判決を経ていることになるから、免訴さるべき筋合である。

もっとも、この結論に対しては、検察官の主張の如く2つの問題がある。1つは、確定判決が単純窃盗であるという点である。まず、確定判決で単純窃盗と認定されたものを後訴において常習特殊窃盗と認定するのは、確定判決の拘束力を無視するのではないかということについていえば、後に起訴された事件について確定判決を経ているか否かということは、その事件の公訴事実の全部又は一部について既に判決がなされているかどうかの問題であって、判決の罪名等その判断内容とは関係がなく、従って確定判決の拘束力を問題とする余地はない。これを本件についていえば、1個の常習特殊窃盗の罪の一部について、確定判決では単純窃盗と認定されてはいるが、ともかく有罪の判決がなされている以上、確定判決を経ていることになるのである。次に、本件の確定判決における単純窃盗の審理において常習特殊窃盗として審判を求めることはできなかったのであり、訴追が事実上不能であった場合にも、同じ一罪の一部についての確定判決の効力を及ぼすことは不当であるとの主張についてみると、なるほど右のような場合にまで確定判決の効力を認めると、ときに犯人を不当に利することにもなり、正義の感情にそぐわぬ場合があることは否定できない。とくに、本件においては、昭和55年6月20日の加藤孝造方での犯行(確定判決の窃盗行為)には被告人らが犯人であることを裏付ける証拠があり(盗んで帰る途中検問に会い、車と盗品を残して逃走し、多治見警察署より指名手配を受ける。)、被告人らはそれだけは自供したが、他の犯行については全く述べず、その結果右1件の窃盗行為のみが起訴されたもので、他の犯行については証拠がないため起訴できず、しかも右1件の窃盗だけでは常習特殊窃盗として審判を求めることは実際上困難であったであろうと推察され、このような場合において1個の単純窃盗行為の確定判決があるために他の34件の行為の責任が問えなくなるのはかなり不合理ということができよう。しかしながら反対に、検察官主張のように、訴追の事実上の不能の場合に既判力が及んでこないとすると、その例外的基準を具体的に定立すること自体が甚だ困難であるうえ、仮に基準が設けられても、それを具体的に適用するにあたって1層の困難を招来せざるを得ない。すなわち、当該犯行及びそれと被告人とを結びつける証拠が捜査官側にどの程度判明していたか、又知り得る可能性があったかを中心に、被告人の前科、生活歴、事件に対する供述の程度、共犯者の有無及びその役割、被害の裏付の程度、時期、犯行の場所、捜査の態勢等幾多の事情を探究し総合し、右基準に適合するか否かを判断しなければならないのであって、かくては既判力制度の画一性を害し、被告人の立場を不安定ならしめることになる。要するに、既判力に制度を加えようとする主張は、それが実際上の強い必要性にもとづくものとしても、従来の「確定判決の既判力は公訴事実の単一性、同一性の範囲内にある限り、その全部に及ぶ」という確立された理論(既判力の範囲をこのように解することは、訴訟係属の効果として別訴を許さずとする範囲と一致し、理論上明快であるのみならず、沿革的にみても昭和22年の刑法改正により同法55条の連続犯の規定を廃止された趣旨が、本件と全く同様の事情により犯人をして不当に責任を免れる結果となるのを除去した点にあると解されるところ、そのこと自体、既判力の問題は、具体的な同時審判の難易の点を超越した、いわば客観的、画一的な基準として運用されてきたこと、そのことを前提として、立法当局も、本件に現われている如き前示の不合理は、実体法の面で、従来一罪とされてきたものを併合罪として処理させることにより解決するほかなしと考えたものであろうことが窺われるのである)に例外を認めさせるに足りる安定した基準と適用の合理性を持ち合せていないという点で採用することができないのである。

次に第2の問題は、本件の各窃盗が単純窃盗として起訴されていることである。検察官は、裁判所は右の訴因に拘束され、重い常習特殊窃盗の罪を認定することができないと主張するが、訴因制度の趣旨、目的に照らすと、裁判所は訴因を超えて事実を認定し有罪判決をすることは許されないが、免訴や公訴棄却といった形式的裁判をする場合には訴因に拘束されないと解すべきである。すなわち、訴因は有罪を求めて検察官により提示された審判の対象であり、訴因を超えて有罪判決をすることは、被告人の防禦の権利を侵害するから許されないが、これに対し、確定判決の有無という訴訟条件の存否は職権調査事項であるうえ、その結果免訴判決がなされても、被告人の防禦権を侵害するおそれは全くないから、訴因に拘束力を認める理由も必要性も存しないのである。このように解さなければ、実体に合せて訴因が変更されれば免訴となるが、そうでなければ有罪判決になるということになり、検察官の選択によって両極端の結果を生じさせるのは、不合理であって、とうてい容認できず、かかる実際的な観点からも、検察官の主張は採り得ない。

 以上のとおり、本件公訴事実について被告人は免訴されるべきであり、この点を看過し被告人に有罪判決をした原判決は、法令の解釈適用を誤ったものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

 

コメント(1)一事不再理効の根拠については、憲法39条を二重の危険の禁止の規定と解した上で、かかる二重の危険の禁止に求めるのが妥当である(∵被告人の権利として39条を構成するのが、基本的人権の保障をその中核におく憲法の精神と調和するからである)。そして、公訴事実を同一にする範囲で、(訴因変更の可能性を通じて)、手続き的危険があったといえるのだから、かかる範囲で一事不再理効も生じるものと考える。

検察官に判明していない事実であったとしても、手続き的危険は及んでいるのから、一事不再理効を肯定すべきである。(判明していたかは被告人にとっては知りえない事実であり、かかる例外を認めると、被告人の地位は著しく不安定になり妥当でない)

判決後の事実で公訴事実を同一にするものについては、同時訴追の可能性はなく、手続き的危険は及んでいなかったといえるのだから、一事不再理効は及ばないと考える。

同時訴追が可能でしかも同時訴追が期待された(公訴事実の同一性を欠く)余罪については、一事不再理効が及ぶとの考えもある。しかし、どの程度の事情があれば、同時訴追が期待されるのか不明であり、手続的安定を欠き、実務としての採用にはたえられないものと思われる。

※なお、確定判決の一事不再理効が及ぶような犯罪事実について、さらに訴えが提起された場合には、免訴判決がされることとなる(337条1号「確定判決を受けたとき」)。

 

(2)一方、既判力は、裁判の蒸し返し防止の観点から認められるものであり、判決主文に示された訴因についての判断にのみ生じる。

 

関連一事不再理効と免訴判決

通説は、免訴判決を形式裁判としつつも(判例)、一事不再理効を肯定する。

その説明は困難であるが、337条に列挙された事由というのは、再訴を予定しないような事由が並んでいるというのが、安易ではあるが、最も説得的な説明であると思われる。

 

関連死亡認定書を偽造して裁判所をだまして免訴判決を得た場合

再審は、認められない。なぜなら、刑訴法は被告人の有利にしか再審を認めていないからである。

では、一事不再理効や既判力が生じないと考える余地はないか。この点、ないと考える。刑訴法が不利益再審をどのような場合にも否定しているという事実を重視すべきと考えるからである。

コメント:悩むところだが

 

100 形式裁判の内容的確定力 最高裁昭和56年7月14日決定

(1) 刑訴法254条が、公訴時効の停止を検察官の公訴提起にかからしめている趣旨は、これによつて、特定の罪となるべき事実に関する検察官の訴追意思が裁判所に明示されるのを重視した点にあると解されるから、起訴状の公訴事実の記載に不備があつて、実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定していない場合であつても、それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは、右事実と公訴事実を同一にする範囲において、公訴時効の進行を停止する効力を有すると解するのが相当である。本件についてこれをみると、旧起訴状公訴事実中には、本件公訴事実第1を特定するうえで重要な「表示登記」という文言が一度も使用されておらず、かえつて、同第2を特定するうえで重要な「保存登記」という文言がくり返し使用されていて、そのいずれについてなされた公訴提起であるのか一見まぎらわしく、訴因の特定が十分でないことは否定することができないけれども、右起訴状公訴事実に記載された犯行の日時、場所、方法及び不実登記の対象となる建物は、すべて本件公訴事実第1のそれと同一であること、その結果としてなされた不実登記の内容も、建物の所有名義を偽るという点で両者は共通していること、さらに、旧起訴審において、検察官が、公訴事実中「保存登記」とあるのは「表示登記」の誤記であるとの釈明をし、その旨の訴因補正の申立をしていることなどを総合考察すると、旧起訴によつて検察官が本件公訴事実第1と同一性を有する事実につき公訴を提起する趣旨であつたと認めるに十分であるから、これにより右事実に関する公訴時効の進行が停止されたとする原審の判断は、正当である。

 

(2)<訴因が不特定であるゆえに控訴棄却という前訴の内容的確定力のうち>本件の受訴裁判所を拘束するのは、旧起訴は、実体審理を継続するのに充分な程度に訴因が特定されていないという判断のみであり、右判断を導くための根拠の1つとして挙げられた、旧起訴状の公訴事実によつては併合罪関係に立つ建物の表示登記と保存登記に関する各公正証書原本不実記載・同行使罪のいずれについて起訴がなされたのか一見明らかでない、という趣旨に解し得る部分は、本件の受訴裁判所を拘束しないと解すべきであるから、旧起訴によつて、本件公訴事実第1と同一性を有する事実につき公訴時効の進行が停止されたとする原審の判断が、右確定判決のいわゆる内容的確定力に抵触するものとはいえない。

 

コメント(1)前訴は、訴因は訴えを継続できる程度には特定されていなかったが、時効中断を肯定しうる程度には特定されていた。

(2)公訴棄却判決にも内容的確定力(既判力)があることを前提としている。その範囲については、争いがあるが、本判決の通りでよいと思われる。

なお、公訴棄却判決には、一事不再理効はないと言われる。

 

他の重要判例

攻防対象論 最高裁昭和46年3月24日決定 新島ミサイル事件

1審判決がその理由中において無罪の判断を示した点は、牽連犯ないし包括一罪として起訴された事実の一部なのであるから右第1審判決に対する控訴提起の効力は、それが被告人からだけの控訴であっても、公訴事実の全部に及び、右の無罪部分を含めたそのすべてが控訴審に移審係属すると解すべきである。そうとすれば、控訴裁判所は右起訴事実の全部の範囲にわたって職権調査を加えることが可能であるとみられないでもない。

 

しかしながら、控訴審が第1審判決について職権調査をするにあたり、いかなる限度においてその職権を行使すべきかについては、さらに慎重な検討を要するところである。いうまでもなく、

現行刑訴法においては、いわゆる当事者主義が基本原則とされ、職権主義はその補充的、後見的なものとされているのである。…このように、審判の対象設定を原則として当事者の手に委ね、被告人に対する不意打を防止し、当事者の公正な訴訟活動を期待した第1審の訴訟構造のうえに立って、刑訴法はさらに控訴審の性格を原則として事後審たるべきものとしている。すなわち、控訴審は、第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、前記のような当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし、これに事後的な審査を加えるべきものなのである。そして、その事後審査も当事者の申し立てた控訴趣意を中心としてこれをなすのが建前であって、職権調査はあくまで補充的なものとして理解されなければならない。けだし、前記の第1審における当事者主義と職権主義との関係は、控訴審においても同様に考えられるべきだからである。

  これを本件についてみるに、本件公訴事実中第1審判決において有罪とされた部分と無罪とされた部分とは牽連犯ないし包括一罪を構成するものであるにしても、その各部分は、それぞれ一個の犯罪構成要件を充足し得るものであり、訴因としても独立し得たものなのである。そして、右のうち無罪とされた部分については、被告人から不服を申し立てる利益がなく、検察官からの控訴申立もないのであるから、当事者間においては攻防の対象からはずされたものとみることができるこのような部分について、それが理論上は控訴審に移審係属しているからといって、事後審たる控訴審が職権により調査を加え有罪の自判をすることは、被告人控訴だけの場合刑訴法402条により第1審判決の刑より重い刑を言い渡されないことが被告人に保障されているとはいっても、被告人に対し不意打を与えることであるから、前記のような現行刑事訴訟の基本構造、ことに現行控訴審の性格にかんがみるときは、職権の発動として許される限度をこえたものであって、違法なものといわなければならない

コメント:一部上訴(357条)が可能なのは、併合罪のときで、主文が2個のとき(白鳥1版375頁)。

それ以外の時(科刑上一罪の時を含む)は、一部上訴はできず、事件全体が移審し、事件全体が職権証拠調べの対象となる。しかし、科刑上一罪の一部について無罪となったのに検察官がこれを上訴しなかったような場合には、その部分についてはもはや蒸し返して有罪とするべきではない。その理由付けは難しいが、判例は攻防対象論を理由とする。

 

※最決平成元年5月1日

 「本件の場合、本位的訴因の犯罪事実も予備的訴因の犯罪事実も同一の被害者に対する同一の交通事故に係るものであり、過失の態様についての証拠関係上本位的訴因と予備的訴因とが構成されたと認められるから、予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといって、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防御の対象から外れたとみる余地はない。」

コメント:犯罪事実の一部につき無罪となったというのではなく、本位的訴因と同一の構成要件を内容とする予備的訴因が入れられて有罪となっているのだから、検察官が、犯罪事実の一部につき、訴訟追行を断念したという関係にはない。よって、検察官が本位的訴因の認定を求めて上訴しなかったからといって、本位的訴因が攻防対象からはずれたということにはならない。

 

再審の要件 白鳥事件 最高裁昭50年5月20日決定

 なお、同法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実誤認につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

 

再審請求における証拠の明白性の判断方法 最判平成14年4月8日 14年度重版―刑訴7

重版解説:限定的再評価説(新証拠の立証命題に関連する新旧証拠のみを再評価すべきとする説)と全面的再評価説(新証拠の立証命題とは無関係に新旧証拠を全面的に再評価すべきとする説)がある。

本件では、「新証拠とその立証命題に関連する他の全証拠とを総合的に評価し」、としていることから限定的再評価説に立つものと考えられる。もっとも、これらの説の対立には、あまり意味がない

 

注意:

被害者の保護、挙証責任の転換、法律上の推定、控訴審の構造などについては、本レジュメのどこにもふれていない。

 


※手続きの流れ

(0)事前準備

規則178条の周辺

 

(1)冒頭手続き

@人定質問A起訴状朗読B被告人に対する権利の告知(291条2項)C被告人及び弁護人の被告事件についての陳述(291条2項)-公訴事実に対する認否をさせ争点を明確に。管轄違いの申立や移送の請求。この段階では予断排除が働いているので、裁判官としては、犯罪事実の内容等についての質問は行うべきでない。なお、事実認定の証拠となりうる(最判昭和26年7月26日)

 

(2)証拠調べ(292条)

@検察官の冒頭陳述(296条本文)-証拠により証明すべき事実を明らかにする。

 

A被告人の冒頭陳述-事実認定の証拠となりうる(最判昭和26年7月26日は規則197条1項をあげる)。

 

B証拠調請求 -まず、検察官が事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調を請求しなければならない(規則193条1項 但し自白を除く<301条>)。その後に被告人側が証拠調べ請求をする(規則193条2項)。

 

請求にあたっては、あらかじめ相手方に一定の事項を知らせ防御の機会を与えなければならない(299条1項)。また、請求にあたっては、立証趣旨を明示してしなければならない(規則189条1項)。

 

C証拠決定(規則190条1項)。基本的には裁判所の裁量であるが、例外的に取調が必要的とされる場合がある(303条 公判準備で行われた証人等の尋問・検証・押収の結果。∵公判中心主義の現れ)

 

D証拠調べ

.証人-尋問する。

証人尋問については、まず裁判所が尋問するとされるが(304条1項)、この順序を変更するのが通常である。なお、証人尋問で相反供述がなされた結果、321条1項2号後段の規定により証拠とすることができるようになった書面(相反供述)については、検察官は必ずその取調を請求しなければならない(300条)。

.鑑定人-口頭で報告する場合は、尋問による(304条)。書面で報告する場合(規則129条1項)は、書面の取調の方法による。

.書面-展示および朗読(307条)。但し、朗読の代わりに要旨の告知でもよい(規則203条の2)

.物-展示

.録音テープ-展示および再生器による再生(最高裁昭和35年3月24日決定)

 

※裁判所は、当事者に対し、証拠の証明力を争う機会を与えなければならない(308条)。

 

E自白の証拠調べ(301条)-犯罪事実に関する他の証拠を取調べた後で証拠調べする。

 

(3)検察官の論告(293条1項)・求刑

 

(4)被告人及び弁護人の弁論(293条2項)- 被告人の陳述は最後に行われるので、最終陳述という。

 

(5)結審